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『ベルファスト』 ~ 人生は続く

2023年のGWに観たアマゾン・プライム・ビデオ

このGWは自室に籠って過ごします。
プライム・ビデオの「ウォッチリスト」に溜めたまま、観られないでいたものを観るのです。
もうすでに最新作や話題作では無くなってしまったものもありますが、観て良かったものについてコメントしておこうと思います。
鑑賞を検討されている方に、少しでも参考になればと思います。

ベルファスト(字幕版)
ベルファストで生まれ育ったバディは家族と友達に囲まれ、映画や音楽を楽しみ、充実した毎日を過ごす9歳の少年。笑顔にあふれ、たくさんの愛に包まれる日常は彼にとって完璧な世界だった。しかし、1969年8月1...

『ベルファスト』2022年3月公開の映画

英国インディペンデント映画賞からゴールデングローブ賞、アカデミー賞など数々の映画賞の多くのカテゴリーにノミネートされて高く評価された映画ですが、日本での公開時にはスルーしてしまっていました。
アマゾンのプライムビデオで観られると分かってからも、いつか観ようと思ってはいたものの、いまひとつ食指が動かずにいました。
今回、観ようと思ったのは、少し前に『イニシェリン島の精霊』を劇場で観たことと、クランベリーズのアルバムを聴き直していて”北アイルランド問題について私は何も知らない”ということを知ったからです。
映画『ベルファスト』の舞台は、1960年代のベルファスト。
その後、約40年近く続く北アイルランド問題が発生した頃の北アイルランドの首都です。

北アイルランド ~ 背景となる時代と場所

北アイルランドは、アイルランド島の北東部に位置していて、ブリテン島のイングランド、スコットランド、ウェールズとともにイギリス(グレートブリテン及び北アイルランド連合王国)を構成している地域です。
この地理的な問題と宗教問題、民族問題が複雑に絡んで、暴力的な紛争に発展していたのですが、これははるか昔の出来事ではありませんでした。
1960年代には私は生まれていましたし、和平合意(ベルファスト合意)がなされた1998年と言えばつい最近のことです。まさに私の育った時代に起こっていたことなのです。
その間、イギリスのロックやファッションに心酔し、ロンドンへの旅行も経験したというのに、私はこうした問題について無知で無関心でした。

ここで北アイルランド問題について付け焼刃な知識を披露しても仕方が無いので、映画に戻ります。
まず、観終わった後の印象が良い映画でした。
その要因は、登場人物たちの人柄にあったと思います。
特に主人公の少年バディの祖父母が含蓄のある言葉を自然体で口にします。
祖父の語る「変化」と「強さ」について語るセリフと、ラストで祖母が見せる姿が素晴らしく、この映画を特別なものにしてくれました。

すでに公開から時間が経っているので今更ではありますが、以下、ネタバレを含みます。

主要人物 ~ スーパースターでは無い市井を生きる人々

ストーリーは、北アイルランド問題が小競り合いの域を逸脱するところから始まります。
同じ町に暮らす顔なじみにもかかわらず、カトリックの住民に対してプロテスタントの住民が攻撃を始めたのです。

主人公バディの家族はプロテスタントですが排他的では無く、暴力的な行動には否定的です。
バディが幼い恋心を抱いた相手はカトリックでしたが、そんなバディに対しても暖かい態度を崩しません。暴力的な行動に出ているのは、プロテスタントの一部の人たちなのです。

父はブリテン島への出稼ぎに出ていて、あまり家に帰ることができませんが、家族のことを愛しています。海を越えて仕事をしていることもあり、登場人物の中では最も変化を恐れない人間です。
母はフェアで豊かな人間性を持っているものの、馴染んだ人や土地を愛するあまり、荒れ始めた街を離れる決心ができません。ケネス・プラナー監督の自伝的な物語であることも要因でしょうが、この映画の中では特別に美しく写されています。

ロマンチックな祖父とリアリストな祖母、街の人々など、登場する人物は皆、類型的な役割を与えられた脚本家のコマではなく、良いところも悪いところも合わせ持つ人間として、それぞれの人生を生きています。
この映画は、そうした人々の人生のある時間を切り取って見せているのです。
そこには押しつけがましい教訓や作為的な感動はありません。

物語 ~ 客観的に日常を切り取ることで深まる思考

主人公は学校へ行き、祖父母との時間を過ごし、出稼ぎから帰った父との時間を楽しみます。
恋心から成績が上がろうと、悪い友人と問題を起こそうと、彼の行動と世の中の変化との直接的な因果関係はありません。紛争の火種は大きくなっていましたが、それでも子供の日々は過ぎていきました。

父親は転居を計画しますが、母親は生まれ育った場所を離れる不安が勝って賛同できません。
どちらも家族を思ってのことですが、家族の思いにはこのすれ違いがあります。
しかし、この問題も物語の決定的な軸ではありません。

そうした中、映画の中では”過去の時代”を象徴する存在であった祖父が他界します。
そしてある日、過激派の行動がエスカレートし、家族が巻き込まれる事件に発展したことで、ついに一家はベルファストを離れることを決心します。
お話しは、そこまで。
一家の旅立ちを祖母が見送るシーンが素晴らしいのですが、そこでも安っぽいお涙頂戴な演出はせず、淡々とエンディングを迎えます。
祖母をはじめ、恋心をよせたカトリックのクラスメイトや他の知り合いがどうなったのかは語られません。

映画の序盤、中盤と観進めていても、いわゆる起・承・転・結のような筋が見えてこないせいで、退屈な作品だと感じることがあるかもしれません。
しかし、観終わった後に分かるのです。
これは歴史の一部であり、人生の一部であり、私たちの日常もまたそうなのだと。

深い余韻 ~ 時間は流れ人生は続く

映画では、制作側が作為的に鑑賞者の考えや感情を導くようなことを避けているようでした。
カトリックの暴徒が暴れる理由にも、プロテスタントがなぜ暴力を受けるのかについても寄り添うところはなく、ただそうした状況における主人公と家族を描いています。

それでも映画的な演出は随所に見られ、ドキュメンタリー・フィルムとは違います。
映画好きな方は、そうした点でもニヤリとすることでしょう。

私に歴史的な背景に関する知識があれば、より深く鑑賞できたかもしれません。
個人的には「人生を変えた映画」という作品ではありませんでしたが、鑑賞後の時間が経つほどに味わいが深くなるような余韻がある映画でした。

ベルファスト(字幕版)
ベルファストで生まれ育ったバディは家族と友達に囲まれ、映画や音楽を楽しみ、充実した毎日を過ごす9歳の少年。笑顔にあふれ、たくさんの愛に包まれる日常は彼にとって完璧な世界だった。しかし、1969年8月1...

2023.5.2

Photo by tim martin on unsplash

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