『eye』 Hakubi 2023年
出会い
Hakubiを初めて聴いたのは4年ほど前、『午前4時、SNS』という曲でした。
衝撃を受けて、年甲斐もなく涙が溢れました。
もう治ったと思って忘れていた心の傷跡を見つけ出されて抉られたような痛みが走り、後悔や自責の念にかられてしまいました。
どうして私は自分の中にもあったこの似た思いを表明せずに生きてしまったのだろう。そしてもっと優しく良い人であれなかったのだろう。。。
最初のインパクトが強烈すぎたせいで、実を言えばその後は聴くのを少し避けてしまいました。
世の中は相変わらず新しいアーティストが次々に登場して良い曲を発表していましたので、聴く曲には困りません。
しかしHakubiによって新しく付けられた傷は、忘れられない痛みを心に残し続けていました。
再会
Hakubiを久しぶりに聴いたのは、Spotifyから偶然流れてきた『Twilight』(『Eye』収録)がきっかけでした。
過去の自分と無理やりに向き合わされるような感覚を覚えるのは、私がもう還暦を迎える年齢だからでしょう。
今も情けなく後悔することの多い日々を過ごしていますが、歌詞にあるリアリティはやはり若い日のことなのです。
そしてこの感情は失恋のそれに似ています。
音
今回の再会では、少し冷静になって新しくリリースされたアルバム『Eye』を聴いてみたり、バンドについて調べてみたりしました。
バンドは、片桐(G・Vo)、ヤスカワアル(B)、マツイユウキ(Dr)の3人編成。
最近の才能あるアーティストがネット発で世に出ているのに対して、ライブで名を上げてきた筋金入りです。
ドラムは技巧派というよりはオーソドックスなストロング・スタイルのようですが、ベースはスリーピース・バンドに不足しがちな色を出すようにメロディアスに振舞っています。
何よりもこのバンドを他と差別化しているのは、ボーカルとギターと歌詞の力です。
まさか歌いながらギターを弾いているとは思いませんでした。
サウンドは、モグワイ(スコットランドのポスト・ロック・バンド)を彷彿させるような音響系で、重くノイジーでありながら美しく響いています。
録音のバランスもちょうど良いと感じます。
歌詞と歌から受ける印象が強すぎるので、どうしてもそちらに耳が奪われてしまいますが、バンド・サウンドはかなりカッコ良くて、ハード・コアな洋楽ファンも黙らせられるだけの魅力があります。
バンドの個性を極端に振り切っていないので、ポップ・ロックな面はあるものの、それも戦略的には理解できます。
片桐
バンドの個性と強みは、どうしても片桐に集約されます。
歌詞は人生のある時期における重要なことをストレートに表現しています。
この歌詞が理解できない、共感できない、という人生を歩みたかったと思ってしまうほど、痛みを伴う切実で繊細な言葉に感情が共鳴してしまいます。
私たちの時代の重要なテーマは恋愛と社会への反抗でした。
恋愛の悩みは誰かから愛されたいという思いでしたし、反抗とは対抗すべき権威があったということです。今の若い世代からすれば、きっと幼稚な悩みに思えることでしょう。
Hakubiの世界線では、”誰かから愛されたい”などという贅沢は望みさえせず、”ただうまく今日をやり過ごせただろうか”、”うまく笑顔を作れただろうか”と怯えて生きているのです。
誰かを巻き込むことに臆病な心は、孤独を訴えることさえせずに俯いてしまっています。
そして、こうした自分や状況、ひとからどう思われるか、どうした方が良いのか、などなど本に書かれていることや、上手くやれている人の言葉、たくさん歌われてきたこと、自分自身の思考回路も含めて、頭では分かっているのです。
そして、「分かっている・けど、」なのです。
この「分かっている」知性と「けど、」の理性が混在する心情が、時につぶやき、時に叫ぶように歌われて、心に響いてしまったリスナーにはたまらないところまで言葉が届くのです。
片桐は、歌の持つ力もずば抜けています。
昨今は凄い歌い手が次々に現れていますので、それらの中で歌唱力が上位にあるということでは無いかもしれません。
しかし、人の心を動かすという点において、片桐の声と歌には特別な個性があります。
自信を失って気弱になった時、矛盾に悩むとき、感情が抑えきれずに溢れ出してしまったとき、それぞに応じた声を使い分けながら、変に演劇的にならずに歌として歌詞を届けています。
時には耳馴染みの良いメロディに納めきれずにポエトリー・リーディングや叫びになる部分も含めて、優れたパフォーマーであることは間違いありません。
バンド
ロック・アーティストに対して、楽曲だけでなくビジュアル的な魅力を求めてしまうところがあるのは、私たち世代の良くないところかもしれません。
ただ、あまりビジュアル情報が無いので、ライブで確かめろというメッセージだと受け取っています。
ポルカドットスティングレイの戦略性を素晴らしいと思っている反面、HakubiにはHakubiらしい独自のスタイルを貫いて欲しいと思います。
カラオケでポルカドットスティングレイを歌う女の子はカワイイと思えても、Hibikiを本気で歌われたらひいてしまうでしょう。でも、だからこそなのです。
Spotifyのアーティスト・プレイリストで10-FEETとのコラボを聴きましたが、この曲には違和感を感じました。10-FEETは良いバンドです。でも、Hakubiのプレイリストからは外して欲しいと感じてしまったのです。勝手なことを言ってスイマセン。
歌詞と歌の魅力が圧倒的なバンドですが、ロック・バンドとしても素晴らしい音楽を作っているバンドです。
モグワイやMONOのようなポスト・ロックやマイ・ブラッディ・バレンタインのようなシューゲイザー好き、レディオヘッドの『Creep』を聴いて泣いた人なら、きっと良さが分かってもらえると思います。
Eye
『Eye』は、2023年3月にリリースされたHakubiの(現時点で)新譜です。
全10曲、約40分。4分ほどの曲が並んでいます。
曲のイメージはバラエティ感がありますが、曲の展開はだいたい似た感じです。
魅力のポイント、強みの発揮はちゃんとできています。
歌詞は相変わらず冴えていて心に響きます。
ただサウンドは以前よりも軽やかでポップになった印象を受けました。
無骨なガレージ・バンドがプロの手を借りて音作りを洗練させたせいで、なんだかザラついた魅力が削がれてしまった、と言うほどには悪くなってはいないのですが、なんだか少し大人っぽくなりました。
ジャケットのアートワークは、こちらに視線を合わせてくる瞳と明るいカラーがこれまでの作品とは違う印象を与えます。
”目を合わせることができないあなた”ではなくて、”私はあなたから目をそらさない”というポジティブな意味なのかなと好意的に考えようとしたものの、手前に映り込む手のひらは拒絶を表しているようにも見えて、金髪の片桐の写真を使ったことも含めて、ちょっとしっくりきませんでした。
本来は猛毒のラッドウィンプスが映画音楽をきっかけに大衆に受け入れられたように、もっと一般受けするバンドにもなれると思います。なろうと思えば、SHISHAMOのようにだってなれるでしょう。
毒を孕みながらメジャーになるのは、椎名林檎でも東京事変が必要だったくらい大変なことでしょうから、スタイルの変更は難問かもしれません。
そこでこのアルバムではちょっとそうした方向性の変更をテストしたのかな、と思ったりしました。
全体の音作りが優しいトーンであったり、『Twilight』のドラムのフィルインだとか『ゆれて』のベースラインに「おや?」と思ったりして聴きました。
「ぼくの音楽の神様はメジャーデビューで何かを無くした」りするように、ファンとは勝手なものなのです。
個人的には、あえて最強の武器である歌詞を減らしたり英語で歌ったりして、サウンドを聴かせる長尺曲なんかも作ってみたらどうかなと思ってしまうのでした。
Hakubiの魅力には、若い時期特有の純粋さや切実さがあります。
それだけに、この魅力を失わずに年を重ねるのはかなり難しいことでしょう。
それでも今後の成長が楽しみなバンドです。
個人的には歴代の日本バンドの中でもTOP50に入るくらい推しです。
投稿日 2023.4.24