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『i/o』 Peter Gabriel

『i/o』 ピーター ガブリエル 2023年

今年はベテラン・アーティストの意欲作がいくつもリリースされていますが、その最後を締めるのが、ピーター・ガブリエルの『i/o』でしょう。
12月1日、ついにリリースされました。
前作のスタジオ・アルバム『Up』が出たのは2002年でしたから、21年ぶりということになります。
ローリング・ストーンズの『ハックニー・ダイヤモンズ』は18年ぶりでしたが、それ以上にお待たせされておりました。

この『i/o』、フル・アルバムとしては確かに12月リリースですが、実はかなり以前から制作されるという話しはあがっていて、今年に入ってからはシングル曲が次々と公開されました。
その時は、いよいよだなと思ったのですが、まさか12月まで待たされるとは・・・。

アルバムがリリースされる間に、配信では10曲も公開されていましたので、せっせとプレイ・リストにして聴いていました。
配信されたのは、満月と新月のタイミングだったようですが、そのことを意識することはありませんでした。そもそも、月の満ち欠けが生活に関係していません。

初夏の頃、ピーター・ガブリエルとスタビリティAI(Stability AI)が提携(?)して行われたAIアニメーション・コンテスト「Peter Gabriel/Stability AI #DiffuseTogether」は、もの凄い密度で圧倒されました。
作品用に『i/o』に収録される曲が提供され、応募作品はYoutubeで公開されていましたので、ここでも新曲を聴くことができました。
AIによる人間の能力を超えたクリエイティビティを感じるとともに、際限のない模倣合戦のようでもあり、とても全てを集中して観続けることはできませんでした。
まだご覧になっていない方は、いくつかだけでも観てみるとよいかもしれません。

https://www.youtube.com/hashtag/diffusetogether


アルバム・タイトルの『i/o』は、インとアウト、入力と出力という意味だと思われます。
これは月の満ち欠けとも関係があるのでしょうか?

配信の段階から気にはなっていましたが、アルバムは2枚組で、「Bright-Side Mix」「Dark-Side Mix」という2つの異なるヴァージョンが納められていました。
ただ、私レベルのリスナーでは、そんなに違いは分かりません。
「Bright-Side Mix」の方が音の輪郭がクリアでビート感が強いということは言えそうですが、聴いた後の印象が変わるほどではありません。
このあたりは、音楽に詳しいファンの方の意見を探してみようと思います。

楽曲としては、強烈な思い入れが持てるものこそありませんでしたが、いずれも芸術性の高いポピュラー・ミュージックで、素晴らしいクオリティです。

今年新作をリリースしたイエスやローリング・ストーンズは、自らの個性を見つめ直したうえで現代的に強化されたサウンドの傑作を作りました。
ロジャー・ウォーターズは、年を取ったからこその視点で過去の名作を大胆に再定義してみせました。

他にも、ジェスロ・タル、ユーライア・ヒープ、リック・ウェイクマン、ヴァンダーグラフ・ジェネレイターという旧プログレの方々や、ボブ・ディラン、ポール・サイモン、リッキー・リー・ジョンズ、ジョン・メレンキャンプ、グラハム・ナッシュという超大物の皆さん、シンプリー・レッド、ディペッシュ・モード、イギー・ポップも新譜を発表した年でした。
(ヴァンダーグラフ・ジェネレイターはライブですが。)
皆さん、それぞれに良さがあって、聴きごたえがありました。

ビートルズのラスト・シングル「ナウ・アンド・ゼン」は、ベテラン勢の中では最大の話題を巻き起こし、商業的にも大成功しましたが、個人的には良い曲だとは思えませんでした。
”あのビートルズの最後の曲”というコピー無しに、無名の新人がリリースしたとしたら、ヒットはしなかったのではないかと思えてしまいます。

直近では、トレバー・ホーンが80年代の思い出の曲を趣味的にアレンジしたアルバムを出していましたが、これは別の意味で全く共感できませんでした。せっかく良い曲をセレクトしているのに、アレンジに老人を感じてしまったのです。

アーティストが年を取って、テンポが遅くなったり音がシンプルになったりするのは、どなたにも共通しているところではありました。
自分の個性や得意技を披露しているのは、ファンにとっては嬉しい要素でもあり、悪くありません。
若いアーティストの能力を上手く活用できているかどうかについては、アーティストによって差があったように思えます。

すっかり脱線してしまいましたので、ピーター・ガブリエルに戻します。

多くのベテラン・アーティストが意欲的な新作をリリースした今年でしたが、芸術的な創造性という点では、ピーター・ガブリエルの『i/o』がトップだったように思います。

歌声は衰えを感じさせず、サウンドは先進的でありつつも彼の個性が感じられます。
歌詞からは、過去の郷愁に浸るでも、世の中を達観するでも、未来に絶望するでもなく、現代をしっかり生きている問題意識が感じられます。

アルバム最後の曲「Live and Let Live」では、こんな歌詞が歌われています。

Just how long do you want to hate
With all that anger to burn?
You dream of revenge
And you dream of reply
You’d hope that someday we’d learn
Every time you think of that hurt
It spins around in your mind
With an eye for an eye
Again and again
Until the whole world is blind

This is how it turns
This is what we do
This is who we are
When we forgive we can move on
Release all the shackles one by one
We belong to the burden until it’s gone

「Live and Let Live」

20年前はイラク戦争がありました。
今も人類は戦争を止めることができません。

憎しみを捨てて、怒りや復讐心の束縛からも解放されることを問うとともに、「生きろ」というメッセージを乗せたメロディは、決して悲観的ではありません。

これまでの中ではポップさが弱いアルバムですが、年齢を重ねて到達した、冷静で知的なポップ・ミュージックを堪能できます。

これから繰り返し繰り返し聴くことでしょう。
今はまだ過去作への思いが強くありますが、おそらく今後、私の中では彼のアルバムの中でこの『i/o』が最高評価になる気がします。

ジェネシスを脱退してソロとなり、やがて第三世界の音楽へ接近する中で到達した独自の哲学を、改めて西洋音楽の文脈で再構築した名作です。

ミック・ジャガーやロジャー・ウォーターズが傘寿(80歳)を迎えているのに対して、ピーター・ガブリエルは73歳です。
ジェネシスの「ザ・ラスト・ドミノ・ツアー」でのフィル・コリンズを見てしまったので、同い年のピーター・ガブリエルのことも心配していましたが、どうやらまだまだ元気そうで安心しました。
現代を生きている最高の芸術家ですね。


投稿:2023.12.3

Photo by G.C.-Pixabay

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