『ボイジャー・天海冥』 ザ・ムーディ・ブルース 1981年
ムーディ・ブルースは、1964年結成という歴史あるバンドです。
結成時からオーケストラを導入したりメロトロンなどの電子楽器を取り入れていたことや、物語性を感じさせるアルバム・トータルの統一感やジャケットのデザインなどから、プログレッシブ・ロックの文脈で語られることが多いバンドです。
確かに、抒情的な泣きのメロディは天下一品ですし、キーボードと絡むボーカルの声質も琴線に触れます。
特に1971年に発表された『Every Good Boy Deserves Favour/童夢』は名盤で、プログレ・バンドとしての評価を決定づけた感がありました。
アルバム毎にコンセプトが立てられている作りは、まさにプログレの特徴でもあります。
ただ、どのアルバムでも、重厚長大な組曲ではなく、個々独立した短い曲が並んでいます。
他のプログレ・バンドのような複雑な曲構成や演奏技術の披露には関心が無かった(もしくはできなかった)のでしょう。
歌詞も哲学的なものよりは、恋愛や人間的なドラマが多かったように思います。(これはよく分かっていませんが。)
コンセプチュアルな作品作りをしていても、彼らの持ち味は、詩的で切ないポップスだと感じます。
もしもプログレ・ポップなんていうジャンルがあったとしたら、筆頭に選びたいバンドです。
この『LONG DISTANCE VOYAGER/ボイジャー・天海冥』は、1981年に発売された10作目のアルバムです。
時代的には、プログレ・バンドは音楽性の方向変更を余儀なくされていた時期でした。
しかし、大物バンドが試行錯誤に苦しむ中、ムーディー・ブルースはこのタイミングで見事にヒット曲を出します。
大きな音楽的な変革を行ったということではなく、持ち前のポップ・センスを押し出すと同時に、その時期にトレンドだったシンセの音色を入れた味付けが受けたのです。
1曲目の『The Voice/出帆の時は来た』から、ほどよいエレクトリックな響きに、持ち前の美しいメロディと甘いボーカルがからむ、良質なポップ・サウンドが展開されます。
2曲目『Talking Out Of Turn/巡りくる愛の世界』のストリングスとエレキ・ギターの響きに浸っていると、3曲目はヒット曲、『Gemini Dream/ジェミニ・ドリーム』。
「ELOの曲だよ」と言われれば「なるほど」と思ってしまうほど、軽快でキラキラしています。
決めどころも気恥ずかしいくらいに決まって、この時代っぽい音です。
こういうキーボードの音色や打ち込みっぽいリズムを聴くと、古臭さを感じてしまうものですが、なんだか懐かしい切なさに包まれて優しい気持ちにさえなれるようです。
なんでしょう。4曲目『In My World』、7曲目『Nervous』と聴き進めてゆくうちに、若い頃にタイム・スリップしたような気になってきました。
8曲目以降は、プログレ・バンドの面目躍如といった展開で、往年のファンも納得というエンディングを迎えます。
ムーディ・ブルースは、このアルバム発表後も2000年頃まで活動を続けた長命バンドです。
そして、彼らの代表作が60年代後半から70年代前半の作品であることに異論はありません。
それでも、この『LONG DISTANCE VOYAGER/ボイジャー・天海冥』は、80年代の変革に上手く向き合ったベテラン・バンドの美しい佳作として心に残っています。
今の若い人にとっては、どう聴こえるのかなぁ・・・。
投稿:2020.3.30
修正: 2023.3.5
Photo by Alejandro Lopez – Unsplash