オリジナル・アルバムより 私的7選
最近(2023年5月)、新譜の話しが持ち上がって先行シングルが配信されたり、ツアーが始まってYoutubeに動画があがったりと、古くからのファンとしては期待感が高まっているピーター・ガブリエルの動向ですが、良い機会なので若いリスナーにお勧めする私的トップ7をまとめてみたいと思います。
この後リリースされる新譜の出来によっては、順位が変わるかもしれませんが、新譜を聴いて気になった新しいファンの方にも参考になればと思います。
キャリアの長い大ベテランですので、ロック・ファンの中でも世代によって好きなアルバムは異なると思います。実際、私の思い入れの深さは初期の作品に偏っています。
でも今回新たに聴き直してみて、今の時代なら、という観点で選んでみようと思います。
ライブやベスト盤、コンピレーションものも多いのですが、スタジオ・アルバムに限定したセレクトにしています。
1.『So』 – So(1986年)
1970年代に立ち上げたバンド、ジェネシス時代から、ピーター・ガブリエルの芸術的な表現は異彩を放っていました。
ソロになってからは、優秀なアーティストやプロデューサーを活用し、常に実験的で芸術性の高い作品を生み出しますが、さらにヴォーカリストとしてのスキルにも磨きがかかってきます。
芸術的で難解な表現を恐れない反面、エンターテイナーとして”伝える”能力も卓越しています。
収録曲全てがシングル・カットできるクオリティで、歌も演奏も悪いところがありません。
ポップなミュージック・ビデオが注目された『Sledgehammer』や『Big Time』は大ヒットしましたが、アルバムのオープニングを飾る声の説得力が凄い『Red Rain』、ケイト・ブッシュとのデュエットが感動的な『Don’t Give Up』、敬虔な気持ちになる『Mercy Street』など、名曲揃いです。
プログレ界隈ではトップスターだったピーター・ガブリエルですが、あまりにも独特でアーティスティックな作風から、一般的な知名度は決して高く無かったかもしれません。
しかし、このアルバムで彼はヒット・アーティストの仲間入りをします。
だからと言って、創作活動が変わったかと言われると全くそんなことは無く、その後も好きなようにやっているのが彼らしいのですが・・・。
調べると、自分の名前で作品を出せるものすごいアーティストたちが制作に参加しています。
名だたる個性的なミュージシャンを多数起用しながら、完全に自分の音楽をコントロールしているディレクションの力量は凄いとしか言えません。
この『So』は、表現者として円熟期に入った彼が、芸術性と大衆性をバランスさせた傑作です。
2.『Us』 – Us(1992年)
改めて現代の耳で聴き直すと、やはり70年代のものよりも上位に選ばざるを得ない、よくできた作品です。
なんて書き方をすると、消去法で上位になったみたいですが、そんなことはありません。
ただ、個人的に初期の3枚に思い入れが強いせいで、それらを推したい気持ちが隠せないのです。
冷静になって聴けば、そのクオリティの高さは誰もが認めるところでしょう。
傑作『So』の流れをくむ作りですが、その発表までは5年以上が経っていました。
『So』でヒットした『Sledgehammer』や『Big Time』は、『Steam』という曲に踏襲されています。
また、ケイト・ブッシュとのデュエットが成功した『Don’t Give Up』は、シンニード・オコナーと歌う『Blood Of Eden』で踏襲されています。
5年も経ったのに前作の縮小再生産なのか、と思われそうですが、これもそうではありません。
(なんだか誤解を招きそうなコメントになっていてスイマセン。)
成功パターンから学んではいますが、楽曲は劣化するどころか洗練され、歌唱は深みを増しています。
『Washing Of The Water』の静謐さ、『Digging In The Dirt』の緊張感、『Secret World』の解放感など、聴きどころの多い名作です。
リリース当時に聞いた時よりも、今回聴き直してからの方が評価が高まりました。
近いうちにまた聴くと思います。
3.『3(通称:メルト)』 – 3(Melt)(1980年)
ジェネシスを脱退してソロ活動が軌道に乗ったタイミングで制作された意欲作です。
時代背景的には、プログレッシブ・ロックが終わりを告げ、プログレの良さは後に”産業ロック”と揶揄されるロック・バンドに受け継がれてゆく過程にありました。
ピンクフロイドは『The Wall』(79年)、ジェネシスは『Duke』(80年)、キングクリムゾンは『Discipline』(81年)を発表して、プログレ・ファンは時代の変化を否応なく受け入れなければなりませんでした。
プログレ界隈のアーティストたちは、この時期、ソロ活動を活発に行っていました。
しかし多くの作品が、音楽トレンドの変化に対する試行錯誤作品という感じで、ファンを落胆させていたのは否めませんでした。
ただ、そんな中にあってピーター・ガブリエルは別格な扱いを受けていたように感じられました。
少なくとも、私はそうでした。
ソロになって発表した2作が素晴らしかったこともあり、ファンの期待感は高まっていましたが、2年ぶりに届けられたこの『3(Melt)』は、その期待を上回る素晴らしい作品だったのです。
ヴォーカリストとしての表現力は脂が乗ってきました。まだ若々しく、円熟する前のエッジがあります。
演奏を聴かせるプログレではなく、ヴォーカリストのソロ作らしい歌モノのロック・アルバムです。
楽曲の出来は良く、総合的にもクオリティの高い構成になっています。
特筆すべきは、アパルトヘイト(非白人に対する人種差別政策)に抵抗し拘留中に死亡したスティーブ・ビコを歌った『BIKO』で、アフリカ音楽への傾倒を示したことです。
音楽の好みは別としても、この曲は彼の音楽活動のターニング・ポイントになりました。
ポスト・ロックを代表するプロデューサー、スティーブ・リリーホワイトとヒュー・パジャムが良い仕事をしています。
サポートのメンバーには、ロバート・フィリップ、ケイト・ブッシュ、トニー・レヴィン、フィル・コリンズ、ポール・ウェラーらの名前が並んでいます。
中には使われ方が分からない方もいますが、セールスには好印象だったでしょう。
さらに、このアルバムで使われているエコーのかかったドラム・サウンド(ゲート・リバーブ)は、この後フィル・コリンズのソロ『Face Value』(81年)で完成形となり、80年代を席巻するサウンドとなります。
音楽のクオリティ、サウンドの先進性、時代をとらえた問題意識など、あらゆる面で創造性が発揮された傑作です。
シングル・ヒットという点ではいまひとつですが、アルバムの総合力で3位にしました。
時代における影響力や個人的な思い入れの強さで言えば、このアルバムが1位です。
若い人に聴いてもらいたいアルバムです。
気に入りすぎて、ドイツ語版のLPレコードも買いました。今も実家にあるハズ。
4.『4(Security)』 – 4(Security)(1982年)
非西洋の音楽への傾倒が進んでゆき、「WOMAD(World of Music, Arts and Dance)フェスティバル」を主宰したり、人権運動や政治的な活動にも関心が強くなってゆく時期の傑作アルバムです。
『San Jacinto』『I Have The Touch』や『Shock the Monkey』などの有名曲は、このアルバムに入っています。
前作『3(Melt)』で探った方向性を推し進めながら、次作の『So』へつながる過渡期的な作品ですが、楽曲のクオリティもアルバムとしての完成度も非常にレベルが高く、これを1位に推す人もいるのではないかと思われます。
個人的にも、2つ順位を上げて2位にしても良いかなと思うほどです。
余談ですが、このアルバムが発売されて間もなく、『Plays Live』というベスト盤的な2枚組が発売されました。
アルバム・カバーにはジェネシス時代を思わせるような強烈なメイクをしたピーター・ガブリエルが大写しになっていて、心が躍りました。(ジェネシス時代の曲は入っていませんでしたが。)
この2枚組を入手してからは、そちらばかりを聴いて『4(Security)』はあまり出番がありませんでした。
アルバムの出来にかかわらず順位が少し低くなったのは、この思い入れの加点が足りなかったからです。
シリアスでダークな作風ですが、ぜひ今の世代の方々にも聴いてもらいたい作品です。
5.『2(Scrach)』 – 2(Scrach)(1978年)
1970年代の半ばまでジェネシスを率いていたピーター・ガブリエルがソロになって出した2作目です。
1作目と同じくジャケットにタイトルは無く、自分の名前だけを冠したアルバムでした。
ちょっと不都合なので、通称として『Scrach』と呼ばれていたりします。
ロバート・フィリップをプロデューサに迎えて、やる気満々な感じです。
その後の彼の作品作りは非常にコントロールされているのに対して、この頃はまだプロデューサーや参加ミュージシャンを上手く使いこなせていないのか、アルバムとしてのまとまりが弱いです。
ソロになった緊張感があって肩に力が入っているのかもしれませんが、私は嫌いではありません。
残念な点としては曲のクオリティにバラツキがあることですが、それも好みによるでしょうから断言はできません。
『D.I.Y.』『Mother Of Violence』『Indigo』『Exposure』など、好きな曲も多く、若い頃にはよく聴きました。
『Exposure』は、その後、ロバート・フィリップのソロにも収録されますが、個人的にはこのアルバムに入っているピーター・ガブリエルのバージョンの方が好みです。
もっと前衛的なイメージがあったのですが、今聴き直してみると、それほどでもありませんでした。
個人的な思い入れとしては上位なのですが、この位置です。
6.『1(通称:Car)』 – 1(Car)(1977年)
ジェネシス脱退から2年後に発表した、ソロの1作目です。
通称として『Car』と呼ばれていますが、これはレコード会社が名付けたのか、ファンの間でそう呼ばれるようになって定着したのか、どうなのでしょう?
映画で使われるなどして人気曲になった『Solsbury Hill』や、ロバート・フィリップのソロ・アルバム『Exposure』にも収録された『Here Comes The Flood』は、このアルバムに入っています。
『Here Comes The Flood』は大好きな名曲ですが、個人的にはロバート・フィリップの『Exposure』のバージョンの方が気に入っています。
ソロとしての方向性が定まらず、いろいろ試している、という感じです。
ファンでなければ手に取ることは無いと思いますが、上記の2曲は音楽好きな方は聴いておいても良いと思います。
7.『Up』 – Up(2002年)
ヴォーカリストとしての旬を過ぎ、音楽プロデュースに関心が移って、アーティストとしては引退かなぁと思っていたら、けっこう凄いの来た、という感じでした。
最近の作品のつもりで聴き直していたら、すでに20年も前のものでした。いやはや。。。
1曲目の『Darkness』の暴力的なノイズから、初期のアート・ロック的なものを期待しました。
しかし全体的には抑えた大人のロックになっています。
歌や演奏は素晴らしいのですが、楽曲の魅力はバラツキがあるように感じてしまいました。
ちょっと思わせぶり過ぎで、入り込めないと退屈になってしまいます。
ラストの『The Drop』は、鳴っている音がただただ美しい小曲。
最初と最後の曲は、本当に気に入りました。
若い方が聴くなら、ライブやコンピ盤よりも後で良いかなと思えます。
オッサンは聴きますが。。。
ロック・ミュージックという芸術を築いた重要人物
ピーター・ガブリエルは、ジェネシス時代から半世紀に渡るキャリアを持つヴォーカリストです。
演劇的な視覚効果を早くから取り入れたり、エレクトロニクスや非西洋のリズムなど、先進的な取り組みを積極的に行っています。
同世代のアーティストが現役を退く中、新譜が出されるということで注目しないわけにはいきません。
すでに70歳を超えたアーティストの創作に期待しているというのはどうなのかとも思いますが、他の優れた才能を活かすことに長けた芸術家ですので、楽しみに待ちたいと思います。
シングルは、すでに複数曲が配信されていますね。(今日時点で5曲各2バージョン)
時代とともに変化し続けるバンドの作品を、その時期を考慮せずに評価することは意味が無いかもしれませんが、作品の優劣ではなく、今の方々にこのバンドを知る入り口を紹介できたらという気持ちで書いてみました。
2023.2.20
Photo by lisa-franz-unsplash