『スロー・ダンス』 アンソニー・フィリップス 1990年
ジェネシスの初代ギタリストとして紹介されることの多いアンソニー・フィリップスですが、ソロとしての作品は多く、この『Slow Dance』はソロとして15作品目くらいのアルバムです。
元ジェネシスという肩書は、彼を紹介するときに正しいイメージを提供できるのかどうか、悩ましく感じることがあります。
それほどまでに、彼が脱退した後のジェネシスは変化を続け、巨大なバンドへと成長していたからです。
ちょうどこの時期のジェネシスは、数年前に『Invisible Touch』を大ヒットさせ、新規のファンを獲得すると同時に、旧来のファンをがっかりさせていました。
あの哀愁溢れるジェネシスはもういないのだと思い知るには、十分すぎるだけの破壊力があるヒットでした。
このアルバムが出た時、私のような古いファンは、アンソニー・フィリップスにかつてのジェネシスの幻影を見せてもらいたいと思ったかもしれません。
しかし、この時、彼がジェネシスを離れてすでに約20年が経っていました。
ここで展開された音楽は過去のジェネシスではなく、今のアンソニー・フィリップスでした。
そして、これは素晴らしく美しいものでした。
少し脱線すると、偶然にもジェネシスが『Invisible Touch』を出す3年前に彼は『Invisible Men』というインビジブルつながりのアルバムを出していました。
これは軽快なポップ・アルバムで、かなりのガッカリ作でした。インビジブルはダメなのです。
さて、『Slow Dance』です。
アルバムに収録されているのは、『Pt.1』『Pt.2』『Themes from Slow Dance』と組曲的に別れてはいますが、1時間以上、1テーマという大曲です。
彼には長い曲を作るイメージが無かったので、これは意外でした。
少しでもアコースティックギターが聴けると、そこに昔のジェネシスや初期のソロの懐かしさを探しに行きたくなってしまいそうな私がいます。
でも、このアルバムではギタリストとしてよりも、もっと大きな視点で音楽作りがしたくなったのかもしれません。
中世的なメロディをアコースティックな楽器で奏でる前半は、穏やかで心休まる音世界が広がります。居心地の良い世界です。
後半は電子楽器によるオーケストラサウンドが音に厚みを加えて、緩急ある演奏が楽しめます。
時に激しい部分でも、ロマンチックな雰囲気は失われません。
マイク・オールドフィールドが好きな人は、タイプ違いとして楽しめると思います。
パンクだ、ニューウェイブだ、ダンスミュージックだと大騒ぎするミュージック・シーンにあって、こうした音作りを続けてくれていたことをありがたく感じます。
投稿:2020.4.7
編集:2023.10.27
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