『ベスト・オブ・タキシードムーン』 タキシードムーン 1993年
タキシードムーンは、1977年に結成され現在も活動中の実験音楽集団。
ロック・バンドとしては、ポストパンクやニューウェイブ、前衛ロックあたりにカテゴライズされますが、歪んだギターでシャウトするようなバンドではありません。
彼らの音楽で主にリード部分を担うのは、ブレイン・L・レイニンガーのエレクトリック・バイオリンです。
バンドの結成メンバーは、このブレイン・L・レイニンガーとスティーヴン・ブラウンで、二人とも各種の楽器演奏をこなす、マルチプレーヤーでした。
サンフランシスコ市立大学の電子音楽のクラスで出会った二人が一緒に活動を始めてしばらくしたところへ、ベースのピータープリンシプル(2007年没)が加わり、管楽器のリュック・ヴァン・リースハウトも合流。
初期には、ウィンス・トン・トンというパフォーマーも在籍していました。
1970年の末期、アメリカ東岸では、商業主義的なニュー・ウェイブに反発し、ロックのジャンルだけでなく音楽的な伝統やルールからも自由であろうとしたノー・ウェイブ(「NO NEW YORK」の面々)が自己主張を繰り広げます。
一方で、同時期ながら西海岸側で生まれたタキシードムーンには、そこまで殺伐とした攻撃性はありません。
それは、耽美的で、場合によっては中世ヨーロッパや中東、ロシアなどの異国をイメージさせるような音楽でした。
自由さという点では、「歴史の最先端である今、文化のエッジであるニューヨークで」という切迫感を持ったノー・ウェイブに対して、タキシードムーンの音楽は、自らを定義付ける地理や時間にさえも自由でいたように感じられます。
また、もともと電子音楽クラス出身の二人が中心ですから、ドラムがリズムを刻んだり、ベースがボトムを構築したりという音楽構成にもこだわりがありません。
基本的にはシンセサイザーとリズムマシンを使い、抒情性を出すメロディはバイオリンか管楽器で、ヴォーカルは無いか、あってもエフェクトがかかっています。
シリアスなゴシック・ロックかと思うと、ミニマルで実験的な現代音楽のようであったり、シンセと打ち込みにボーカルを乗せてニューウェイブ系の曲をやってみたり、ひとことでこういうバンドだと説明しにくいのですが、自分たちの影響を受けた音楽や演奏したい音楽に縛りを持たず、常に自由に変化をし続けているバンドと言うことはできそうです。
個人的には、ブレイン・L・レイニンガーの持っていた切なさや耽美性が好きだったので、彼が1983年にバンドを脱退してからは、彼のソロを追いかけたりしていました。
さて、ここで聴き直しているのは、彼らのベスト盤です。
78年の「NO TEARS」から87年「YOU」までのアルバムから、ポップな歌ものを中心に14曲セレクトされています。
もともとシングル・ヒットが狙えるようなバンドではありませんが、その中にあっては比較的人気のあった曲が選ばれています。
ただ、彼らの初期の重要作、「WHY IS SHE BATHING?/Ninotchka:Again」
「TIME TO LOSE/Time to lose:Blind」「SHORT STORIES/This Beast」など、シングル・レコードで発表されたもの(どのジャケットも素晴らしい)が入っていないのが残念です。
それでも、絶対に欲しかった「SHORT STORIES」からの「The Cage」だけは入っていて嬉しいです。
常に音楽的な変化をしていた10年間の作品を寄せ集めたベスト盤ということで、歌ものが多いという点くらいしかコンセプト的なものは無く、初めてタキシードムーンに触れるという方には、逆に不向きな気がします。
各曲について触れるには時間がかかりすぎるので止めておきますが、このアルバムがタキシードムーンをコンパクトに詰め込んだという誤解は解いておければと思います。
私の中でのタキシードムーンは、3曲目「The Cage」、8曲目「The Waltz」、11曲目「East/Jinx/…Music#1」、12曲目「Desire」ですが、他もなかなかにアンダーグラウンドです。
どの曲も、音の輪郭は曖昧で、雨粒の付いた窓から外を見るような、逆光の中でシルエットが霞むような、容易には実体をつかませてもらえない感じです。
大声で自分の主張や思いを相手かまわずぶちまけるのも表現でしょうが、この、表現をしているにもかかわらず本心が伝わらない感じは、逆にあの頃の私の琴線に触れました。
投稿:2020.6.22
編集:2023.11.13
Photo by Ilyuza Mingazova – Unsplash