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『The Dark Side of The Moon』PINK FLOYD

『狂気』ピンク・フロイド 1973年

人は自分が見たり聞いたり経験したものでできています。
人体を構成する器官は2年もすれば全て新しい細胞に入れ替わっているそうですが、青春期に受けた刺激や感動はその後の人生を通して無くなることはありません。
還暦を迎えようとする今、本当にそうだと感じるのです。

私を形成しているもの、私の感受性や美意識、個性を育ててくれたものは、音楽と漫画と現代美術でした。
このブログは、年齢が離れていても音楽やアートに関心がある方とコミュニケートできたり、シニア世代になった同世代の方の共感を得られたらいいなと思って書き始めました。

そして音楽において私を作るベースとなったもののひとつが、このアルバムでした。
(50周年で限定版が出るみたいですね。)

なんと、今年の3月1日は英国でのリリースから50年になるそうです。
このアルバムが出た前年の1972年、日本では”沖縄の本土復帰”や”あさま山荘事件”、”グアムで横井正一さん発見”などがあり、私は小学4年生になろうとしていました。
もちろんその頃、ピンクフロイドのことは存在さえも知りませんでした

私が音楽を聴くことが好きになったのは中学に入ってからで、特に洋楽に傾倒したきっかけはKISSクイーンなどのロック・ミュージックでした。
勉強もスポーツも特別に秀でたものが無く、人付き合いも苦手だった私は、自分の周りとは違う世界を夢想して、何か欠けたものを探すような気分で異文化の音楽を聴きあさりました。
お小遣いやアルバイト代は、すべてレコードに変わりました。
このアルバムのリリースは1973年ですが、私が初めて聴いたのはその3年後で、中学1年生の秋でした。
そしてこの音楽体験は衝撃でした。
「これほどまでに人生の真実を示す音楽があるとは」と、人生の真実など全く分かっていない自意識過剰な中学生が思ってしまったわけです。

ピンク・フロイド『The Dark Side of The Moon/狂気』は、Billbord200 に最も長くチャートインしたアルバムであり、プログレッシブ・ロックという音楽ジャンルを代表する作品であり、コンセプトアルバムの金字塔として高く評価されている名盤中の名盤です。
ロックという音楽が到達したひとつの頂点でしょう。

『The Dark Side Of The Moon』というタイトルは月の裏側という意味ですね。
月は常に同じ面を地球に向けているので、裏の面は見えません。
また、その裏側は地球という障壁が無いため、隕石で傷だらけです。
そんなことから、このアルバムのタイトルが示唆しているのは、人には明かさない自分の心、もしくは私には理解することのできない誰かの心の裏の面だと思っていました。最近までは。

1.Speak to Me

心音(実はドラムで出していたらしい)、人の話し声、人工的な音、笑い声・・・。
数百万年前の人類の誕生から現代までを約1分に凝縮したかのようなSEで構成され、最後は叫び声で次の曲へと展開が移ります。

2.Breath(in the Air)

不穏なSEから、甘さと切なさを持った Em(add9) の調べで音楽が始まります。
物語の主人公(もしくは、あなた)が誕生したようですが、歌われるのは祝福ではなく、達観した死生観です。
楽曲としては Em で締めるのですが、すぐに覆いかぶさるSEで次の曲へと繋がります。
人生にポストギャップ(曲間無音部分)は無いのですね。

3.On the Run

人生がスタートし、いろいろなことがありますが、いちいち歌いません。
SEで処理できちゃいます。
辛いことも嬉しいことも、まあ、そんなもんです。

4.Time

油断をしていると、時計のベルで驚かされます。
あっという間に時は過ぎ、主人公(たぶん、あなた)は青春期か大人になっていました。

You fritter and waste the hours in an off-hand way 
時間を浪費する毎日
And then the one day you find ten years have got behind you No one told you when to run, you missed the starting gun 
ある日、10年の月日が流れ去っていたことに気付く。 走り出す合図を見逃していた
Every year is getting shorter, never seem to find the time Plans that either come to naught or half a page of scribbled lines 
1年1年が短くなる。 計画倒れの人生
The time is gone the song is over, thought I'd something more to say 
時間は過ぎ、この歌も終わり。 何か言うことがあったはずなのに

という具合に、誕生した主人公の命はもうお終いです。

デヴィッド・ギルモアさんのギター・ソロが美しい曲です。
ソロの途中、 Dmaj7 に展開するところが気持ちよくて、ちょっとコピーしたりしました。

曲の最後、 Em(add9) から『Breath(in the Air)』の Reprise になります。
ここがいいんです。

人生を駆け抜けた主人公は家に帰り安息を感じます。
それが虚無感をともなうものだとしても。

5.The Great Gig in the Sky

冒頭、死を受け入れる心境のコメントが挿入されます。

There's no reason for it, you've gotta go sometime"
死を恐れる理由は無いよ。いつかはきみも行くんだ

これは歌詞として歌われるのではなく、歌唱部分は叫びを含むスキャットだけです。
歌っているのは クレア・トーリーというゲスト・ヴォーカリストで、 アラン・パーソンズが呼んだのだそうです。
これが大あたりで最高の仕事をしてくれました。
ライブではいろいろな方が歌いましたが、原曲が一番いいと思います。

レコードだと、A面最後の曲です。
20分弱で主人公の生涯を綴りました。
まるで ユヴァル・ノア・ハラリ「サピエンス全史」(名著!)を読んだようなスピード感です。

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人生にポストギャップ(曲間無音部分)は無いと書きましたが、ここで音楽が止まりレコードをひっくり返します。

6.Money

B面に入り主人公は個人(もしくは、あなた)ではなく、人間全体(私たち)になります。

サウンド面ではシンセ・サウンドよりもサックスなどの生身な音が印象的になり、抒情性を増してゆきます。
ただ、この曲はシンプルでノリのいいロック・サウンドです。
シングル・ヒットした曲でしたが、個人的にはあまりピンときませんでした。

冒頭のレジスターや小銭の音のサンプリングは有名で、編集を担当していた アラン・パーソンズ
この仕事で大いに名をあげました。
余談ですが、彼はメロディ・メーカーとしても素晴らしい才能の持ち主で、彼のバンド、アラン・パーソンズ・プロジェクトは多くの名曲・名盤を送り出しました。

Think I'll buy me a football team

個人的な話しですが、昔、少しの間だけ勤めた三軒茶屋にあったIT企業がフランスのフット・ボール・チームを買収した時には、この歌詞が頭を過ぎりました。

Money it's a crime

まあ、そうなのでしょう。
アルバム全体のコンセプトからは、欲に目がくらんだ人間の愚かさを歌っていると解釈できそうです。

6.Us and Them

若い頃、最も深い感動を与えられた曲でした。
歌い出しは、こんな歌詞です。

Us and Them 
And after all we're only ordinary men 
私たちと彼ら
結局のところ、皆、普通の人だ
Me, and you 
God only knows it's not what we would choose to do
私とあなた
我々が選んだことが何だったのか神だけが知っている

人類は自ら滅びの道を選んでしまっているのでしょうか。
このアルバムが発売された1973年は、アメリカ軍がベトナムから撤退を始めた頃でした。
発売50周年を迎えた今、ロシアによる軍事侵攻は終結の目途が立っていません。

7.Any Colour You Like

あなた(もしくは、あなたたち)、というのはどこまでを包括する言葉なのでしょう?
パートナーや家族、気心の知れた友人、夢や志を共有する同志、、、。
もしくは共感できない考えを持つ人や敵対する人も含めた”わたしたち”なのでしょうか。

相手に共感できるシンパシー(Sympathy)と共感できなくても理解を示せるエンパシー(Empathy)について再考したのは、最近読んだ「他者の靴を履く/アナーキック・エンパシーのすすめ」ブレディみかこ著)の影響が大きいです。

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人生をわずか20分ほどで総括してみせたあと、拝金主義者と戦争を選んだ人類に触れ、その後の曲が 『Any Colour You Like』なのです。

8.Brain Damage

アルバムも終盤にさしかかりました。

歌詞の冒頭

The lunatic is on the grass 

で狂人が立っている grass を、昔は広い草原に独りでポツンと佇んでいるイメージでとらえていました。 最近、ひょっとしたら他の人も多くいる日常的な場所で 「立ち入り禁止」になっている芝生に入り込んでしまっている人 というイメージもあるかなと思ったりしています。 普通の人(ordinary men)の常識やルールが苦手で、ちょっと逸脱してしまう人という感じです。

普通の人ってなんでしょう?
金儲けを好み、自分の信じるもののために戦争をしたりする人。そうした影響力の強さに巻き込まれる人たち。自分自身の価値が分からず、承認欲求に取りつかれたり、何かに依存せずにいられない人たち。そうした人たちの作る世界に居心地の悪さを感じて上手く振舞えない人たち。
結局みんな、あっという間に計画倒れの人生を終えてしまう。
狂ってるのはどっち?

There's someone in my head but it's not me.
自分以外の誰かが頭の中にいる

そもそも、狂っている側とマトモな側なんてあるのでしょうか?
だとしたら狂っている側からマトモな世界はどう見えているのでしょう?

現代では誰もが狂気を飼いならしながら生きています。
このアルバムがリリースされた50年前と今と、半世紀もかけて、世界は、人間は、良くなったのでしょうか?

曲の最後は

I'll see you on the dark side of the moon
私は月の裏側であなたと会うだろう

と、アルバム・タイトルを含んだ歌詞が歌われます。
アルバム中、なんども繰り返し出てきた You とは誰だったのか?

以前は 心を病んでバンドを離れてしまった シド・バレット(初代のギタリストでソングライター) に重ねたり、世間の普通の人々だと想定したりして聴いていました。
60年近い人生を歩んできた今、You は自分の中にいるもうひとりの私(自分以外の誰か)なのではないかなんて思ったりして聴き直しています。

5.Eclipse

当初はこれがアルバム・タイトルになっていたかもしれなかった、作品のコンセプトをあらわしている曲です。

でも、独立した曲というよりも、前の『Brain Damage』からつながっています。
『Time』から『Breath(Reprise)』に流れるのと似た感じで、コンセプト・アルバムとしての
一体感が演出されています。

プログレではよく使われる”繰り返しで緊張感を高めておいて、そこから一気に開放することで高揚感を与える手法”を体験できる代表的な曲でしょう。
キングクリムゾン『Epitaph』の中間部や、イエス『Going for the One』のエンディングも見事ですよね。

脱線しました。

人が生きる間に経験する様々なことが歌詞として繰り返された後、最後に歌われるフレーズは、

and everything under the sun is in tune 
but the sun is eclipsed by the moon.
そう、あの太陽のもとにあるすべては調和しているけれど、
それも月によって浸食されるのだ

という絶望的な暗闇を提示するものでした。
B♭ から D へ、明るさを感じる美しい流れで終わるのに、歌詞には救いがありません。 

全ての歌詞を書いた ロジャー・ウォーターズは、現実的な意味を歌詞に込める方だと思うのですが、

「怠惰や金銭欲や戦争が人生を狂わせるんだ。
誰もが二面性があって心の闇を抱えて生きているのだから、あなたが悩みを持っていても大丈夫。
私たちは皆一緒なんだよー。」

なんていう距離感では無くて、もっと達観したところから突き放していると感じるのです。

ただ、曲終わりに入るSEは、再び生命の誕生を思わせる心音でした。

暗闇をもたらす皆既日食(Eclipseが長くは続かないように、最後には明るい兆しを提示してみせてアルバムは終わります。
決して楽観的でハッピーなコンセプトでは無いのに、聴き終えた時には何とも言えない爽快感が残ります。
流石です。

今聴くとなんだかロマンチックすぎるかなぁと感じるところはありますが、若い頃はものすごくシリアスに受け止めていました。
高校時代も、大学時代も、社会人になってからも何度も聴きました。

そしてずいぶん大人になってから、アルバムの最後に雑音のように聞こえる人の声が

"There is no dark side of the moon really Matter of fact it's all dark."
実際のところ月には裏側なんてなくて、全部真っ暗なんだ

と言っていると知りました。

ハッピーエンドに見せかけて、エンドロールで問題提起をするようなシニカルさが感じられて、ニヤリとしたものです。

地球から見た月を表だ裏だと言っても、そもそも月は光らないわけです。

さて、改めて聴き直してみた『The Dark Side of The Moon』でしたが、やっぱり凄いアルバムでした。
音楽が持つ力を信じられる人なら、絶対に聴くべき一枚でしょう。

今改めて聴き直してみて、昔とは音楽的にも世界観的にも少し違って聞こえた点はありました。
それでも普遍的なテーマは心に響きますし、楽曲の良さは揺るぎようがありません。
私にとっては、音楽を聴いて感動する、という経験が得られた最初期の作品であり、大げさに言えば、私という人格を形成することにつながった大切なアルバムです。

『50周年記念盤』、どうしようかなぁ。

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ライブで全曲再現した、こちらは手に入れたいと思います。

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投稿:2023.2.5

編集:2024.6.7

Photo by rafael garcin – unsplash

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