サイトアイコン LOG

『The La’s』 The La’s

『ゼア・シー・ゴーズ』 ザ・ラーズ 1990年

タイトルは誤植ではなくて、なぜか私の持っているCDには日本語のタイトルが付いていたので、それを書いています。
ついでに言うと、帯には「永遠のギター・ポップ!」と書かれていました。
CDを手にした時点では情報を持っていなかったので、このコピーとジャケットの瞳が購入の決め手になったのだと思います。
こういう瞳のアップを見ると、反射的にルイス・ブニュエルの映画「アンダルシアの犬」を思い出して背筋が寒くなりますが、音楽の方は全く映画とは関係なさそうです。

音楽に限らず、自己表現を仕事にしてゆくというのは大変なことなのだろうと思います。
自分の作りたいものと、できあがった作品とのギャップ。
世間の評価や期待とのギャップ。
純粋なモノづくりへの情熱と経済的な現実とのギャップ。
メジャーなレーベルからCDデビューするとなれば、売れるようにすることは、自分たちだけの問題ではなく、担当の社員さんにとっても業務上のタスクになってきます。
音楽ビジネスの現場では様々な葛藤があるのでしょうが、リスナーにとっては関係ありませんし分かりようがありません。
なので、こうした才能を感じるアーティストが1枚しか作品を残さないで音楽シーンからいなくなってしまうのは、不思議ですし残念に思えます。
華々しいキャッチ・コピーとは裏腹に、ラーズはこの1枚しかオリジナル・アルバムを残していないのです。

私のようなオヤジ世代は、ギター・ポップと言うと1980年代のネオ・アコを思い起こしてしまい、アズテック・カメラペイル・ファウンテンズと比較してしまいます。
また、ラーズに遅れてデビューしたバンドにも、ベル・アンド・セバスチャンズなど、素晴らしいアーティストたちがキャリアを重ねているのを知っています。
なので、ラーズは私の中で、(あくまで相対的に)高い評価を付けることができないままCDラックの中で忘れられていました。

今回、改めてCDを聴き直してみて、やっぱりこのポップ・センスは惜しいなあ、と思わずにいられませんでした。
瑞々しさ、正直さ、未成熟だからこその輝きのようなものが感じられ、聴いていて心が洗われるようです。
久しぶりに聴いたということもあるのでしょうが、「永遠に色あせない」というよりは、セピア色に退色した青春時代に心を寄せるというイメージでした。

日本盤のタイトルにもなっている「ゼア・シー・ゴーズ」はもちろん、その他も捨て曲無しの良盤です。

投稿:2020.6.14
編集:2023.10.31 

Photo by Luca Iaconelli – unsplash

モバイルバージョンを終了