『アップ』 R.E.M. 1998年
もう20年以上も前のこと、前作の「NEW ADVENTURES IN HI-FI」で、すっかりR.E.M.に魅了されて、聴き逃していた過去のアルバムをチェックしたりしているうちに新作「UP」が届けられました。
もちろん、すぐに購入しました。
しかし、この「UP」は、当時、あまり再生されることがありませんでした。
久しぶりに聴き直しています。
前作は、長く活動を共にしたドラムスのビル・ベリー、プロデューサー、マネージャーがバンドを離脱する過程で制作された、シリアスな作品でした。
個人的に思い入れのあるアルバムなのですが、印象的だったのは、最後の曲がそれまでの楽曲とトーンが異なっていて、「いろいろあったけれど、それでもこの世界でやっていくのだ」というような次への思いが感じられたことです。
タイトル「UP」の印象からも、新作では決意も新たに以前のような勢いのあるロックが聴けるのかと思い込んでしまいました。
しかしいざ聴いてみると、このアルバムは全体に落ち着いた印象で、なんとも地味な作りでした。
そのせいか、当時たくさんの音楽を並行して聴いていた耳には、強い印象を残せませんでした。
また、前作が気に入り過ぎていたせいで、何を聴いても前作を超えられない頭になっていたことも否定できません。
当時あまり聴かなかったのは、「嫌いになりたく無いからこそ距離を置いた」ということだったのだと思います。
あれから20年以上の月日を経て、今、改めてR.E.M.を聴き直しているわけですが、このアルバムに対しては印象が変わりました。
これはいいです。そして、かなりいいです。
「UP」がリリースされた頃、私はまだ独身で、仕事もそれなりに成果を出して充実していました。
しかし、現在に至るまでの20年は、結婚や子供の誕生などの素晴らしい出来事があった一方で、鬱病との戦い、度重なる転職、経済的な困窮、信頼していた友人との別れなど、なかなかにハードな道のりでした。
いい年をした今になっても、決して落ち着いた生活が送れているわけでは無く、日々、不安と向き合いながら生きています。
そんな時間を経て、改めて向かい合った「UP」。
マイケル・スタイプは、「顔をあげろ」と言っているようです・・・。
先に「地味」だと書いたように、印象に残るリフがあったり、泣きのメロディがあるかと言えば、無くは無いけどそこまででは無い、という地味な回答になります。
音は少なく、テンポもゆっくりめです。
前作で私が気に入った、アコースティックな楽器と電子楽器の使用は、さらに推し進められています。
そして、これはいつものことではありますが、曲がいいです。
1曲目「Airpotman」は、前作からのバトンを受け取って旅を続ける背景描写と受け取りました。
タイトルからブライアン・イーノのアンビエントな作品を思い出しましたが、まさにそんな感じです。
5曲目の「At My Most Beautiful」は、このアルバムの白眉。
おそらくベスト盤を作るとしたら、誰もが選曲から外さないでしょう。
演奏も歌も優しく、コーラスは美しい。
CDで聴いた時に、最後に流れるチェロの響きが唐突に感じたのですが、その後、プロモーション・ビデオを観て納得しました。
(曲の理解に役立つので、ご覧になることをお薦めします。)
プロモーション・ビデオと言えば、11曲目の「Daysleeper」は、日本で撮影されているのですね。
冒頭の歌詞「staff cuts have socked up the overage…」がイタイ・・・。
前半も、中盤も、後半も、どこも素晴らしく、1時間以上もあるというのに、まだずっと聴いていたくなります。
各曲についてコメントし始めるとキリが無さそうですが、本当にどの曲も切なく胸に沁みます。
ここで鳴っているのは「お前ら、耳をかっぽじって聞け」というようなサウンドではありません。
心を痛めた人が「辛い」と漏らす声は、耳をそばだてていなければ聞こえません。
昔の私は、聞き洩らしました。
彼らはそれを音楽に乗せて届けてくれます。
今度こそは聴き逃さないようにしたいと思います。
おそらく、コールド・プレイもレディオヘッドもスノーパトロールも、このアルバムを聴いていたことでしょう。
これらのバンドが好きな方なら、「モンスター」よりもこの「UP」が気に入ると思います。
投稿:2020.8.10
編集:2023.11.3
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