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『Zeit』tangerine dream

音楽

『ツァイト(われら、時の深渕より叫びぬ!)』 タンジェリン・ドリーム 1972年

日本盤のタイトルを付けた方は苦労されたことでしょう。
「Zeit」は、ドイツ語で「時間」でしょうか。
それをここまで大袈裟な・・・。叫んでないし。

電子楽器を使った音楽と言えば、ドイツという印象がありますが、それを裏付ける存在が、クラフトワークと、このタンジェリン・ドリームでしょう。

1970年代、ドイツのクラウト・ミュージックと呼ばれる電子楽器を使ったロックは、1960年代アメリカのサイケデリック・ミュージックと無縁ではありませんでした。
ヒッピーたちが薬でトリップする時、意識が朦朧としたり高揚したりすることに、サイケデリック・ミュージックが果たした役割は大きかったと言えそうです。
なかでも、”繰り返し”という手法はトリップに有効だったと思えます。
延々と続く繰り返し、繰り返しから音が増える、音が減る、変化する、離脱する、、、。
これらによる精神への影響は、薬物の力を借りなくても明らかで、ミニマル・ミュージックの世界では顕著でしたし、プログレやダンス・ミュージックでも良く使われていました。
土着の作業歌や読経からも、反復の作用を捉えることができます。
クラウト・ミュージックにおいて、繰り返される無機質な電子音は、ひとつの特徴とも言えるもので、これは後にトランス・ミュージックへ発展してゆきます。

一方で、電子楽器を使いながらも、ブライアン・イーノが提唱したアンビエント・ミュージックは、空間に音が存在するだけなので、人の感情をどうこうしようという作為から距離がありました
自然界において波の音は繰り返されますが、決して全く同じ音を反復したり、クライマックスを作ったりはしません。
風の音も、車の走る音も、その場にあるだけです。
ただ、そこには心地よいものとそうでないものはあり、人工の音の場合は、ある種のコントロールは行われましたので、それが「空港」だとかアルバムのテーマになったりしていました。

電子楽器を使うというだけでひとくくりにされそうな音楽ですが、実はけっこう違いがありますね。
タンジェリン・ドリームの音楽は、どちらかといえばアンビエント寄りだと思います。
ただ、大きな違いは、演奏に作為が感じられることです。
彼らの3枚目の作品である、この「Zeit」においても、それは同様です。
よく音楽の3要素は、リズム・メロディ・ハーモニーと言われますが、ここにはそれらの要素は全てありません。
ただただ、「にゅわーん」「ずおーん」「みやーん」「しゅおしゅおーん」という音が鳴っています。
これを聴いて愉快になったり、悲しくなったり、感情を揺さぶられる人はいないでしょう。
ただ、この音をどう位置付けていいか分からずに、落ち着かない気持ちになるだけです。
恐怖映画やSF映画のBGMが思い浮かぶのは、この不安定な気分を効果的に使っているからだと想定できます。
(そういえば、マイク・オールドフィールドの「チューブラベルズ」は、恐怖映画「エクソシスト」で使用されたせいで、作者の意図とは全く違った印象になってしまいましたね。)

「Zeit」は、発売当時、全4曲、約75分の2枚組でした。(私の持っているCDでは1枚に入っています。)
この時期はプログレッシブ・ロックに勢いがありましたし、私自身プログレは大好きなので、大曲であることは驚きません。
しかし、何せ最初から最後まで「びよよーん」と鳴ってるだけですから、これはとんでもない芸術を目の前にしているか、ステレオが壊れたかという葛藤は生じました。
(実際のところ、初めて聴いたのは、発表された1972年では無く、大学生だった80年代だったのですが。)
なんとか理解しようと思えば思うほど、なんだか分からない。
ただ、分からないながらも、こういう音楽を「面白い」とか「興味深い」とは感じていました。

話しを戻します。
電子楽器を使用して、音楽の3要素からも自由になり、いわゆる人間味のある音から遠く離れたタンジェリン・ドリームですが、その音は、どこかから自然に流れてきているというのではなく、人がつまみを回して作っている、という感じがします。
つまり、誰かによって演奏されているわけです。

このアルバムの音楽は、絶望的なほどに暗く、重いものです。
希望の光など存在しません。
ただ、そこにはこの絶望を奏でている人のシルエットが見えるような気がするのです。


余談を2つ。

タンジェリン・ドリームの「Zeit」は日食を表しているようなジャケットでしたが、数か月前に、ブライアン・イーノは星の内部で生み出された音波を人の耳に聞こえるように調整したものを、新曲「Starsounds」として公開しました。
タンジェリン・ドリームの演奏に対して、こちらは無作為の極みですが、どこか似たものを感じたりもします。
<Starmus>のYouTubeチャンネルで公開されています。


Spotifyでタンジェリン・ドリームを聴き直す中で見つけた、新しい作品について。
「Zeit」は4曲で70分以上の作品でしたが、2019年に公開された「In Search Of Handes」は、60曲 15時間44分 でした。
もう、レコードやCDのフォーマットは最初から関係が無い世界にいるのですね。



投稿:2020.8.22 
編集:2023.11.2

Photo by David Georgiyev

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