ピンク・フロイドっていうバンド名はよく耳にするけれど、その音楽はあまり聴いたことが無いという方へ、まず聴くならコレがおススメ、というアルバムをピックアップしてみます。
ピンク・フロイドは1960年代半ばにイギリスで結成され、2023年の現在も活動しているプログレッシブ・ロックを代表するバンドです。
もともとは、現代音楽に関心のあったロジャー・ウォーターズ(B)、リチャード・ライト(Key)、ニック・メイソン(Dr)が始めたのですが、オリジナルを演奏するバンドとしての方向性は、シド・バレット(G,Vo)という個性的な芸術家を迎えたことによって決まりました。
バンドの半世紀
当初はシド・バレットの作る世界観を表現するサイケデリック・ロック色の濃いバンドでした。
●The Piper At The Gates Of Dawn 夜明けの口笛吹き 1967年
ただ、デビューほどなくして彼は精神を病んでしまい、サポートを兼ねてデヴィッド・ギルモア(G,Vo)がバンドに加わります。
シド・バレットの芸術的創作力を頼れなくなったバンドは、緻密に構築された楽曲作りに活路を見出します。
●A Saucerful Of Secrets 神秘 1968年
●More モア 1969年
●Ummagumma ウマグマ 1969年
持ち前の構成力に演奏力の向上もあり、楽曲は磨きがかかってゆく中、高い評価を得る作品も生まれます。
●Atom Heart Mother 原子心母 1970年
●Meddle おせっかい 1971年
●Obscured By Clouds 雲の影 1972年
バンドの人気が高まり多くの人に受け入れられるようになってくると、アートとしてのロックからポピュラー・ミュージックとしての分かりやすさに価値があると気づいたのでしょうか、作品はコンセプトやメッセージを重要視するようになります。
そういう中で発言力を増したのがロジャー・ウォーターズでした。
同時に、デヴィッド・ギルモアがバンドに持ち込んだブルースのフィーリングもひと役買っていたと思えます。
ただ、純粋に音楽制作を楽しむメンバーに対して、強いエゴを出すロジャー・ウォーターズとの間には亀裂が入り始めます。
●The Dark Side Of The Moon 狂気 1973年
コンセプチュアルな作品が大ヒットして巨大な富と名声を得たことで、メンバーは何かに我慢をする必要がなくなりますが、これはバンド崩壊の始まりでもありました。
この時、彼らをつなぎとめていたのは、旧友シド・バレットへの思いだけだったかもしれません。
●Wish You Were Here 炎~あなたがここにいてほしい 1975年
巨大船のようになったバンドは簡単に方向転換することはできず、ロジャー・ウォーターズの中に潜んでいた自意識は暴走し始めます。
ただ、それは新たな芸術の発露でもありました。
●Animals アニマルズ 1977年
●The Wall ザ・ウォール 1979年
●The Final Cut ファイナル・カット 1983年
リック・ライトがバンドを離れたあたりで誰もが予想していた通り、バンドは崩壊しロジャー・ウォーターズはソロとなります。
実質的なリーダーを失ったバンドは解散するかと思いきや、その後はデヴィッド・ギルモアがバンドを継続させ、なんとなく上手くやっていきます。
●A Momentary Lapse Of Reason 鬱 1987年
さすがに年老いたバンドの音は、昔のような刺激をもたらしてはくれませんが、ファンも同時に年をとったせいか薄味のブルース風ロックを受け入れているようです。
●The Division Bell 対/TSUI 1994年
2006年にシド・バレット、2008年にリチャード・ライトが亡くなりますが、ロジャー・ウォーターズはバンドに戻ることは無く、2015年にデヴィッド・ギルモアはピンク・フロイドとしての活動が終了したことを宣言しました。
●The Endless River 永遠/TOWA 2014年
(2022年、ロシアのウクライナ侵攻を受けてシングル『Hey, Hey, Rise Up!』を発表しています。)
一方でバンドを去ったロジャー・ウォーターズのエゴと創作力は老いてもなおパワフルで、若いクリエイターたちと作り上げた最新のライブは世界最高のショーのひとつだと感じます。
こちらは映像で観ることをおススメします。
『The Wall』のライブも素晴らしいですが、昨年行われた『This is not a Drill』ライブもまた圧巻です。(『This is not a Drill』は今のところ公式の映像作品が無いので、Youtubeであがっていればそれを観られます。)
ざっと駆け足で彼らの歴史を勝手な想像も含めて振り返ってみました。
あなたは、どの時期の作品を聴きたいでしょうか?
長い歴史の中で作風を変化させてきたバンドですので、どれが一番優れているかという順位は付けられるものではありません。
でも、ここからは個人的な好みをもとにしてそんな乱暴なことに挑んでみたいと思います。
私的トップ10
10位 The Final Cut ファイナル・カット 1983年
『More』と迷ったのですが、個人的な思い入れの強さでこちらを選びました。
このアルバムはリアルタイムで買って聴きました。
リリースされた1983年、時代のムードにも音楽トレンドにも全く合っておらず、一般的な評価も良くなかったと思います。
『The Wall』の縮小再生産品で、ロジャー・ウォーターズのソロみたいなものです。
彼はこのアルバムでバンドを去ることになります。
すでにプログレでもありません。
音楽作品というよりも、大仰な演出がされたミュージカルを観ているようで、聴く人によっては気恥ずかしさも感じることでしょう。
友人や家族と一緒の空間で流すタイプの音楽ではありません。
ただ、私はミュージカルやロック・オペラは大好きなのでいいのです。
「狙ってやってんなー」という演出にもあえて乗って楽しめます。
女性コーラスや管楽器、音の強弱、音厚、SEなどの使い方は見事で、人の心を動かすテクニックは秀でています。
曲だって、まあまあ悪くはないのです。
ある種、中二病的な自分語りという作品なので、若い世代で感受性がひりついているような方には共感が得られるのではないかと思うのです。
9位 Obscured By Clouds 雲の影 1972年
一般的な人気はもっと低いところかもしれないと思うものの、これはよく聴きました。
楽曲もアートワークも印象としては60年代の作品のようなのですが、実は『Meddle』(1971年)と『The Dark Side Of The Moon』(1973年)の間にリリースされたアルバムです。
ピンク・フロイドの曲は、薬でトリップしていたり、精神を病んでしまっていたり、社会への不満を訴えていたり、という具合に人のダーク・サイドがテーマになっていることが多いと思うのですが、このアルバムは珍しく優しい調べをもつ曲が多くて心が和みます。
『モア』(1969年)に続いて映画用に作られた音楽だということが要因かもしれません。(映画は観ていないので、心安らぐ作品だったどうかは知らないのですが・・・。)
今でも時々セレクトして聴くことがあります。
8位 P·U·L·S·E 1995年
「ええっ、ライブ入れちゃうの?!」って突っ込みが入りそうです。
アルバム毎にコンセプトがあるピンク・フロイドを聴くのにベスト盤はお勧めしないのですが、これはバンドが成功して崩壊して新体制で再スタートするそれぞれの時期の曲をまとめて聴くことができるうえに、ロック・バンドとしての実力も感じることができます。
コンセプト・アルバムの評価が高くスタジオ・ワークに秀でたバンドだと思われがちですが、実はものすごい数のステージに立つライブ・バンドでもあるのです。
ライブ盤では、個人的には1988年の来日公演に行ったことと、バック・ボーカルのレイチェル・フューリーのビジュアルが好みという理由で『Delicate Sound of Thunder/光~PERFECT LIVE!』(1989年)も推しではあるのですが、『P·U·L·S·E』には『The Dark Side of The Moon』の全曲再現があり、ファンにとって思い入れの強い曲をたたみかけてエンディングを迎える流れがエンターテインメントとして見事ということで選んでしまいました。
演奏には貫禄がありますが、まだ老いてはいません。
大昔に大成功した小難しい長い曲を演るバンドというような印象を持たずに聴けると思います。
7位 Animals アニマルズ 1977年
ロジャー・ウォーターズの体制になったバンドが作った、人間を動物に例えて社会批判するコンセプト・アルバムです。
2分以下の曲が2つと10分以上の曲が3曲。
サウンドはロック色が強く、エレキギターの聴きどころが多くて、テーマも哲学的になりすぎない分かりやすさがあります。
誰かにとっての特別な作品にはなりにくいコンセプトかもしれませんが、個々の曲の出来は良いのです。
ロジャー・ウォーターズの独裁体制に入ったとは言っても、この頃はまだバンドとしてのケミストリーが感じられます。
もっと順位を上げたいくらいなのですが、ここから上の作品が凄すぎるので。
6位 The Wall 1979年
アルバム・リリースの3年後には映画にもなった2枚組のロック・オペラです。
主人公の青年は幼少期のトラウマを克服できないまま年齢を重ねて、やがてロックスターにまで成長する。彼が他の人との間に築いてきた高く強固な壁が壊れるとき、彼の精神は崩壊するのか安息を得るのか。
みたいな感じで、ロジャー・ウォーターズの自意識過剰ぶりが見事に発揮されています。
この頃の創作意欲とクオリティは他を寄せ付けないものがあったように思います。
2022年にイギリスのラジオ局Planet Rockがリスナーが選ぶ「ロック史上最高のギター・ソロ」という投票で1位になった『comfortably numb』は、このアルバムで聴けます。
5位 A Saucerful Of Secrets 神秘 1968年
シド・バレットが正気を保てなくなる中、デヴィッド・ギルモアが加入して音楽的な実験を試みた佳作です。
試行錯誤の途中ではあるものの個々の出来は良く、好きな曲がたくさん入っています。
2曲目の『Remember a Day』は親しみやすいポップ・ソング。
白眉はアルバム・タイトルになっているインスト曲『A Saucerful Of Secrets』と次の『See-Saw』でしょうか。
サイケデリックな初期の個性は残しつつ、ポップや現代音楽などへの志向性も垣間見られ、プログレッシブ・ロックが生まれる土壌が形成されているのを感じます。
ピンク・フロイドが他には無いオリジナリティを持ったバンドだと認識させられる良盤です。
4位 Atom Heart Mother 原子心母 1970年
前衛音楽家ロン・ギーシン協力によるオーケストラの導入やレコードの片面全部を使った24分弱の曲構成などの挑戦的な試み、ヒプノシスによるジャケットのアートワーク、邦題にいたるまで、何から何まで奇跡的なクリエイティビティを示しています。
他のアルバムにも言えるのですが、アルバムタイトルもアーティスト名も無しで成立するってどうなってるのという感じです。
タイトル曲と最後の『 Alan’s Psychedelic Breakfast』という2つの組曲が評価されるのは納得でしょう。ただ、実は他の『If』『Summer ’68』『Fat Old Sun』という小曲もけっこう良いのです。
捨て曲無しの名盤です。
3位 Wish You Were Here 炎~あなたがここにいてほしい 1975年
『原子心母』『おせっかい』『狂気』を連続でリリースして世界最高峰のモンスター・バンドとなったピンク・フロイドが、次にリリースしたのがこのアルバムです。
テーマは身近で、音数は少なめ。得意のエフェクトも抑え気味で全体に薄味な作りだったため、重厚でシリアスな作品を想定していた当時のファンは肩透かしに合ったことでしょう。
地味な作品ではありますが、これは私にとってピンク・フロイドとのファースト・コンタクトでしたので、特別な思い入れがあります。
彼らの提示するコンセプト、奏でる音楽に魅了されるきっかけであり、私の人生を変えてくれた1枚です。
個人的には最重要アルバムですが、改めて聴き直してみて、やっぱり地味だなと感じてしまったので、この順位にしました。
(最初は2位にしていたのですが・・・。)
2位 Meddle おせっかい 1971年
前作『原子心母』で何かをつかんだバンドが、今度は自分たちだけでやってみようと立ち上がって作ったアルバムです。
今作では前半のA面に短い曲がならび(有名な『One Of These Days / 吹けよ風、呼べよ嵐』は1曲目)、後半のB面全部が名曲『Echoes』となっています。
しりあがり寿さんの漫画『瀕死のエッセイスト』(超名作!)の中で、ある男性が臨終のときにかける音楽として選ばれていました。
映像作品『Pink Floyd Live at Pompei』での演奏は鳥肌ものです。
1位 The Dark Side Of The Moon 狂気 1973年
まあ、そうなります。
ピンク・フロイドを世界最高峰のバンドにした超名盤です。
プログレッシブ・ロックのカテゴリーだけでなく、現代の音楽史においても重要な作品でしょう。
こうしたシリアスなコンセプトを持った作品が、時代も地域も超えてポピュラリティを獲得したことは、それだけ人間の本質的なところに届く音楽だったということでしょう。
音楽好きを自称するなら、最終的な評価はさておき、聴かないままでよいというわけにはいきません。
詞、曲、アレンジ、音響効果、テクノロジー、アートワークの全てが最高のクオリティで結合し、商業的な成功にも結び付いた音楽の奇跡がこの作品です。
こちらに関しては別のコラムもあるので、よろしければどうぞ。
こうして振り返ってみると、私にとってはデヴィッド・ギルモア期のピンク・フロイドへの思い入れがあまり無いことが分かりました。(アルバムは彼のソロも含めて全部買っているのですが。)
シド・バレットへの特別視も少ないようです。(こちらも、ソロは全部買って聴きましたが。)
ロジャー・ウォーターズ寄りと言われればそうかもしれませんが、彼のコンセプトに共感するところはあっても音楽としてはそこまで評価しているわけではありません。
現実世界を捨ててしまったシド・バレットの影を求めつつ、時代を生きる中での葛藤と向き合っていたメンバーの個性がぶつかり合っていた1970年代。
メンバーのパワーバランスや音楽的な傾向に変化があった時期ですが、この頃の作品がピンク・フロイドを知る上では最も重要だと思えます。
順位はさておき、興味が持てた作品からどれでもよいので聴いてみてもらえたら嬉しいです。
2023.4.5
Photo by artem-bryzgalov-unsplash
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