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『The Lockdown Sessions』 Roger Waters

音楽

『ザ・ロックダウン・セッションズ』 ロジャー・ウォーターズ 2022年

Covid-19が猛威を振るう中、ネットでライブ動画を配信したりしていたロジャー・ウォーターズですが、2022年にはついにリアルなライブ『This is not a Drill』をスタートさせました。

THE DARK SIDE OF THE MOON REDUX
Full album available October 6th

ライブが始まった頃は観客の撮影した動画がいくつもYoutubeにあがっていましたので、いろいろな角度からその様子を観させていただきました。
最近は長尺の映像は削除されているようですが、それでも短い動画は今でも新しく公開されたりしています。

ライブ開始前の笑いを誘う注意トークから演奏中の演出まで、シニカルで凝っていて、ライブというよりも映像ショーという感じでしょうか。今に始まったことではありませんが、でもやはり見ごたえがあります。

今回のライブでは、ステージ上部に十字型の巨大モニターが設置されていて、パフォーマーの演奏シーンよりも、楽曲と直接的にリンクするイメージや文字情報が重要な役割を担っています。
どの席で観るのが良いのか分かりませんね。

彼の政治的な信条やプライベートな事情、偏見ともとれる発言など、それらすべてに賛同することはできませんが、表現者として尖り続けているのは大したものです。

さて、今回聴いたのは彼がこのツアーをスタートさせる前、2020年から彼のYoutubeチャンネルで公開されていた、ネットを通してセッションした曲を集めたよう作品『The Lockdown Sessions』(2022年)です。

『Mother』

1曲目の『Mother』は、ピンク・フロイドのアルバム『The Wall』に入っていた曲で、ここでは原曲に忠実に演奏されています。

歌詞の冒頭では、

Mother, do you think they'll drop the bomb?
Mother, do you think they'll like this song?
Mother, do you think they'll try to break my balls?
Mother, should I build the wall?
母さん、彼らは爆弾を落とすかな、この歌が気に入るかな、僕のボールを壊すのかな・・・
僕は壁を作った方がいいのかな?

Mother, should I run for president?
Mother, should I trust the government?
Mother, will they put me in the firing line?
Is it just a waste of time?
母さん、こうなったら大統領に立候補した方がいいかな、そもそも政府は信用できるかな、僕を最前線に送り出すのかな・・・
なんか、時間の無駄じゃない?

と歌われ、次に過干渉する母親があらわれ、その歪な愛情が彼に影響を与えたであろうことが示唆されます。
そして最後には、

Mother, did it need to be so high?
こんなに高い壁が必要だったっけ・・・?

と、取り返しのつかない壁を築き上げてしまったことが分かります。
『The Wall』では主人公ピンクの人格形成に関する曲ですが、この時期に改めて演奏する意味から、主人公や母親を別の存在に置き換えてみると様々な考察ができそうです。

『Two Sun in the Sunset』

2曲目の『Two Sun in the Sunset』は、『The Final Cut』でラストを飾った曲です。
車を走らせながら、バック・ミラーに日没の光とふたつの太陽(のように見える何か)が見えます。そこで、もう残された時間がわずかしかないことに気が付いて思いを巡らせます。

『The Final Cut』ではこの曲で人類は滅亡へと進み、死を迎える直前に「やっと弱者の気持ちが分かった」「結局は皆イコールだったんだ」と締めくくられるわけですが、このアルバムではどうでしょうか。まだ人類は滅亡せず、次の曲へつながります。

And as the windshield melts and my tears evaporate
Leaving only charcoal to defend
Finally I understand
The feelings of the few
Ashes and diamonds, foe and friend
We were all equal in the end

『The Gunner’sDream』

4曲目の『The Gunner’sDream』もまた『The Final Cut』から。

And everyone has recourse to the law
And no one kills the children anymore
誰もが法を頼ることができ、もう誰も子供を殺さない
No one kills the children anymore
もう誰も子供を殺さない
Night after night, going 'round and 'round my brain
毎晩、頭をグルグル駆け回る
His dream is driving me insane
彼の夢は私を狂わせた
In the corner of some foreign field
The gunner sleeps tonight
異国の野原の片隅で、砲撃手は今夜も眠る

原曲が発表されたのは、1983年です。
この年、ロナルド・レーガン アメリカ大統領は、ソビエト連邦を「自由を抑圧して対外制圧を進める”Evil Empire(悪の帝国)”だ」と非難していました。
ただ、ロジャー・ウォーターズは、レーガン政権もトランプ政権も痛烈に批判しています。
そして、このアルバム制作のきっかけとなったリモート・ライブがYoutubeに公開されたのは、2021年4月。ロシア・ウクライナ戦争の約1年前ということになります。

『The Bravery of Being Out of Range』

5曲目の『The Bravery of Being Out of Range』は、彼のソロ『Amused to Death』からです。
豪華なゲスト・ミュージシャンで注目されたアルバムでしたが、リリースされた当時、私自身はあまり聴きませんでした。

新しいバージョンでは、原曲の攻撃的なロックチューンから、静かに怒りを凝縮させたようなアコースティック・ナンバーにアレンジが大きく変更されています。

Old man what the hell you gonna kill next
Hey Old timer who you gonna kill next
老人よ、次は何を殺すんだ
おい、老いぼれ、次は誰を殺すんだ

Three thousand miles away
We play the game
3000マイルも離れたところから俺たちはゲームをするんだ
With the bravery of being out of range
射程圏外にいる勇気を持って

この原曲は1992年のリリースでした。
前年の1991年は、ソビエト連邦がリトアニアに軍事介入するもウクライナ独立などが進み、ソビエト連邦崩壊へと時代が動いた年でした。
一方で、アメリカを含む多国籍軍がイラクを空爆したことで湾岸戦争が勃発しました。
2023年の今、老人たちは射程圏外に身を置きながら、いったい何をしでかしているのでしょう。

『Comfortably Numb 2022』

最後の曲は『Comfortably Numb 2022』です。
原曲は『The Wall』に入っている人気曲ですね。
わざわざ、2022を付け足しているように、原曲とは大きくアレンジを変えています。
『This is not a Drill』では、オープニング・ナンバーになっています。

爆撃にあったかのようにビルの窓は壊れ、道路にはゴミが散乱しています。街は色も音も失ってしまい、自動車は通行していません。
そんな中、歩道に多数の人影を見ることができます。人々の影は長く伸びていますが生気が無く、まるで亡霊のようです。
街の空を見上げると、満月の空に雷鳴が鳴り響き、巨大な豚が飛んでゆきます。

原曲ではドラマの主人公ピンクの精神状態を歌っていましたが、この新しいアレンジでは一人の人間ではなく、自我を放棄した人類、もしくは何かへの抵抗を諦めてしまった人類が、その代わりに心地よい麻痺状態を得たかのような絶望感が感じられます。

Roger Waters
The Dark Side Of The Moon Redux, a new reimagined version of Pink Floyd’s original - Available Now R...

どの曲もロジャー・ウォーターズらしいもので、この時代に合わせて選曲されたものだと感じられます。

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Covid-19によるロックダウンがきっかけで行ったネット上のセッションが思いのほか良い出来だったことに気を良くしてアルバム化したようですが、ただ、今の若い方が新しい音楽作品として聴くべき価値があるかどうかは微妙なところです。
新しいアレンジはされているとはいえ、ファン向けの編集作品というところでしょう。
むしろ、時間を割くなら、『This is not a Drill』の映像を観ましょう。

追記:
ロジャー・ウォーターズが国連安保理で演説したというニュースを見ました。(2023.2.9)
なんともガッカリさせられるなぁ・・・。


投稿:2023.2.9
編集:2023.10.24 

photo by Ben Garratt unsplash

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