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『You are the Quarry』 MORRISSEY

音楽

『ユー・アー・ザ・クワリー』 モリッシー 2004年

引退したんじゃないかと思っていたモリッシーですが、前作から7年の時を経て、2004年に突然、復活します。
しかもこのアルバムは、非常に彼らしい批判精神に満ち、音楽的にもバラエティに富んだものでした。

モリッシーの批判の矛先は、政治、王室、経済、名声など、いわゆる英国的な様々な権威に向いていましたが、今回は1曲目で(LAに住んでいたにもかかわらず)「America is not the world」と糾弾し、3曲目では不遜にも「I have forgiven Jesus」と、「私」を見捨てた神を許してみせます。

久しぶりのモリッシー節を聴いて、当時の私は「これはいいぞ」と思ったものでした。
しかし今、改めて聴いてみて、ちょっと違う感想を持ってしまいました。

1980年代のイギリス。モリッシーがまだ若く発言力も経済力も無かった頃、行き場のない怒りを文学的な表現と美しいメロディに乗せたザ・スミスの歌は多くの共感を獲得しました。
歌詞の機微までは分からない私の心にも届くような、リアリティのある歌だったように思います。
でも、このアルバムが作られた時、彼は40代半ばで、数多くの賞を受賞し名声を得て、経済的な不安の無いセレブリティとなっていました。

前作のタイトル曲「maladjusted」で、最低限の求めとさえ乖離した現実に身を置く15歳の少女を歌った詩には、悲しみを感じました。
でも、それから7年の時を経て戻ってきたモリッシーは、前作以前の彼のようでした。
その時、「彼が帰ってきた」と喜びを感じたことは事実ですが、それが今になると違和感として感じられるのです。

もちろん、このアルバムは2020年の新譜ではありません。
1曲目で「アメリカでは大統領が黒人だったことも、女性だったことも、ゲイだったことも無い」と歌った5年後にはオバマ大統領が誕生します。
(その後、モリッシーは、オバマにもヒラリーにも、ちゃんと噛みついていたようですが・・・。)
なので、今の空気感と違っているのは当然だと感じた方が良いのでしょう。
そこを差し引いて考えても、今聴き直して、当時のような評価をすることはできませんでした。
決して悪くは無いのですが、なんか刺さらないというか、しっくりこないのです・・・。
おそらく、当時は存在したリアルが、今の時代では失われてしまったように感じられることが原因かもしれません。

2020年を生きる若い世代は、80年代の若い世代とは価値観も表現方法も変化しています。
今の若い世代は、何かに憤ってみせるだけでなく、自らが何を示し、何をなすのかを考えているように見えます。
反抗なんてしている余裕さえ無いほど、世の不正と格差はひどくなるばかりなのです。
政府寄りであろうとなかろうと、言葉遊びをしているだけの大人は信頼できません。
SNSにあふれるアンチは、自己の主張をしているのではなく、ただ何に対してもアンチなだけで、否定しか発言の元がありません。
権力に対して批判的な態度はあってしかるべきですが、叩けるものは自分と無関係でも叩き、正義の暴力をふるうような発言には、もう辟易としているのです。
なので、批判の先に何があるか、発言した当人は何を行っているのか、が問われているのです。

大きな影響力を持つようになったモリッシーが、今の時代に何を歌うことにリアリティがあるでしょう。
このアルバムが出て16年。アメリカの大統領はトランプに変わり、イギリスはブレグジットし、世界はこのありさまなのです。

詩人としての彼が現代に影響を与えることを期待します。


と、締めようと思ったら、Spotifyで2020年3月にリリースされたモリッシーの新譜を聴くことができました。
あれれ、これ良くないですか? 
ソロになってからは、歌詞と歌唱にばかり意識が向いていましたが、今回は音楽的にもチャレンジしているのがうかがえます。
シングル・カットされている「Bobby, Don’t You Think They Know?」でデュエットしているテルマ・ヒューストンもいい感じ。
モリッシーって、ダンス・ミュージック嫌いじゃなかったんですね。)

投稿:2020.8.10
編集:2023.11.3
 

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