還暦を迎えるオヤジが昔好きだったアーティストを今の感覚で聴き直す、というのをやってみようと思って、キングクリムゾンとピンクフロイドを書いたので、次はジェネシスです。
1969年から現在(2023年)まで、半世紀にもわたって活動しているバンドですが、ライブやベスト盤を除くとスタジオ盤は15枚ほどです。
5大プログレッシブ・ロック・バンドのひとつに数えられるバンドですが、ジェネシスはその中で最も時代の変化に柔軟な対応をして最後まで生き残りました。
最も強い種が勝つのではなく、時代に適合したものが生き残る、まさに進化論ですね。
ジェネシス進化史
70年代前半は、ピーター・ガブリエル(Vo)という稀代のパフォーマーの世界観がバンドを支配していて、それが成功の最重点ポイントでした。
英国情緒が色濃いおとぎ話な世界観は日本人にも受け入れられて、シニア世代にとっては、この時代のジェネシスこそがジェネシスであってそれ以降は別のバンドだという方もいるほどです。
実は私もピーガブ(ピーター・ガブリエル)信者のひとりですので、概ね賛成です。
ただ、これ以降のジェネシスが良くないということではありません。
●From Genesis to Revelation 創世記(1969年) ●Trespass 侵入(1969年) ●Nursery Cryme 怪奇骨董堂音楽箱(1971年) ●Foxtrot フォックストロット(1972年) ●Selling England by The Pound 月影の騎士(1973年) ●The Lamb Lies Down on Broadway 幻惑のブロードウェイ(1974年)
バンドに絶対的な価値をもたらしていたピーター・ガブリエルが脱退する70年代後半から、ジェネシスは試行錯誤を繰り返します。
ピーター・ガブリエルのいないバンドは考えられない、と誰もが思っていましたし、彼に代わるメンバーを探すこともできません。それほどの人だったわけです。
しかし、この試行錯誤がうまく行きます。
もともとテクニックのあったメンバーは、代わりの個性を新たに入れるのではなく、ピーター・ガブリエルと作ってきたバンドの世界観を継承しつつも、残ったメンバーの持ち味を出そうとしました。
失ったものではなく、手元にあるものに目を向けたわけです。
●A Trick of The Tail トリック・オブ・ザ・テイル(1976年) ●Wind and Wuthering 静寂の嵐(1976年) ●And Then There were Three そして3人が残った(1978年)
時代は80年代に入り、プログレのような音楽は受け入れられなくなってきて、多くのバンドが解散や方向転換を余儀なくされます。
ジェネシスのメンバーは、この頃、ソロ作を作ったり、他のアーティストと別プロジェクトを行ったりすることで、プログレというジャンルに拘らない刺激を受けてバンドに帰ってきます。
ソロ作は商業的に成功しなかったものもありましたが、各自の音楽的な嗜好を見つめ直す経験を経たことが、バンドにとってはプラスに働いたように思えます。
サウンドとしては、シンセ・ポップの明るさとゲートリバーブの導入が当たりました。
この頃のフィル・コリンズ(Dr・Vo)のバンドを超えたハード・ワークは、常人のそれではありませんでした。
●Duke デューク(1980年) ●Abacab アバカブ(1981年) ●Genesis ジェネス(1983年) ●Invisible Touchインビジブル・タッチ(1986年) ●We Can’tDance ウィ・キャント・ダンス(1991年)
90年代に入ってもヒット・アルバムを出していたジェネシスでしたが、なぜかバンドの主柱であったフィル・コリンズが脱退。
今度も負けじとバンドは維持しようとしますが、新メンバーを加えて制作したアルバムは評価を得られずに失速。
その後、フィル・コリンズがバンドに戻って2007年にはツアーが行われ、ファンはやっぱりコレじゃなきゃと安堵しました。
Covid-19の影響はあったものの、2021年には「The Last Domino」ツアーが行われました。
ここでは車いすに乗ったまま歌うフィル・コリンズの姿がショッキングで、おそらくコレが最後なんだなと寂しさを感じずにはいられませんでした。
●Calling All Stations コーリング・ステイションズ(1997年)
ジェネシスはライブ・アルバムに良いものがあり、それらは是非聴いてもらいたいのですが、ここでは外しました。
また、後期はシングル・ヒットも多いので、ベスト盤という選択もアリなのですが、これも外しました。
実は私の思い入れの順位は異なるのですが、今の時代、ジェネシスを知らない方にお勧めするとしたらという順位付けです。
今聴くならトップ10
1.『Duke』(1980年)
ポップ路線へ完全移行する前のアルバムで、これまでの音の印象を残しつつ、曲調を大きく変化させた過渡期的な作品。
全英No.1になり、その後の方向性に自信を与えることにもなったアルバムです。
今の耳で聴くと80年代らしい古さを感じるかもしれませんが、それを考慮しても楽曲や演奏のクオリティは素晴らしく、高く評価されていいアルバムだと思います。
2.『Sellimg England by The Pound』(1973年)
ピーター・ガブリエルさん在籍時のアルバムは、他が追随することを許さない独自性と芸術性を誇っていました。
「これぞジェネシス」という選択ならこれ以前のアルバムを推したいところですが、今の耳で聴くなら、演奏も音も良くなった、この『月影の騎士』の方をおススメします。
繊細さと大胆さを合わせ持つバンドの性格が見事に結実しています。
『The Cinema Show』でのトニー・バンクス(Key)のソロ・パートは最高です。
3.『The Lamb Lies Down on Broadway』(1974年)
このアルバムを最後に、バンドの中心人物だったピーター・ガブリエルが脱退します。
アルバム2枚分のボリュウムで繰り広げられるロック・オペラですが、バンドが崩壊する直前の緊張と寂寥を感じられる傑作です。
ただ、ジェネシスが好きな人向けで、初めて聴くには重いかもしれません。
それでも、ジェネシスというのはこんなバンドだと知るには必聴の作品なのでこの順位です。
4.『Nursery Cryme』(1971年)
ジェネシスが好きかどうかを判定するリトマス試験紙になるアルバムです。
日本語のアルバム・タイトル「怪奇骨董堂音楽箱」とはよく付けたもので、まさにそういう音楽です。
ジャケットのアート・ワークを含めて、見事に世界を構築しています。
この頃のジェネシスは、ピーター・ガブリエルの世界観が強力すぎたせいで、バンドとしての魅力が弱かったように感じるところはありますが、このアルバムからフィル・コリンズとスティーブ・ハケットを迎えたことは、素晴らしい判断でした。
5.『Wind and Wuthering』(1976年)
ピーター・ガブリエルがいないことで逆にメンバーの良いところが引き出されて、バンドとしての魅力が感じられる作品です。
個人的にはジェネシスの中で最も聴いたアルバムで、最近になってまたよく再生するようになりました。
アルバム最後を飾る『Afterglow』の歌詞が沁みます。
6.『A Trick of The Tail』(1976年)
ピーター・ガブリエルを失った後の混乱から、あらたな活動へと歩みを進めた最初のアルバムです。
フィル・コリンズが歌うことになった不安はあったでしょうが、これは杞憂でした。
怪奇性や演劇性は失われたものの、スティーブ・ハケット(G)の田園的なアコースティック・ギターやロック調のエレキ・ギターが活きています。
大曲こそありませんが、各曲は練られていて聴きやすいアルバムでしょう。
7.『Genesis』(1983年)
なんとも評価のしにくい作品ですが、アルバム名をバンドの名前にしているあたり、新生ジェネシスを標榜して臨んだのでしょう。
MTVに勢いがあった時期で、このアルバムからはいくつものヒット曲が生まれました。
ただ個人的にはCDを再生することはあまりありませんでした。
ポップでありながら、なんだかサウンドはいまひとつカラッとしていません。
改めて聴き直してみたら、そんな明るくなりきれない感じはむしろ今となっては聴きやすさになっていました。
アルバムとしての統一感に欠けますが、悪くはありません。
8.『Foxtrot』(1972年)
プログレッシブ・ロックの名盤として挙がることも多い超名盤です。
このアルバムをジェネシスのベストに推す方も多いと思います。
メロトロン好きにはたまりません。
『怪奇骨董堂音楽箱』や『月影の騎士』をこのアルバムよりも上位に推しているのは、改めて聴き直した時に『フォックストロット』の方が少々古く感じられたからです。
一般的な評価とは違うかもしれませんが、この3枚は甲乙付け難いものなので、選出コンセプトのせいでこうなっているということです。
9.『And Then There were Three』(1978年)
ジェネシスに英国的田園風景のイメージを与えてくれていたギターのスティーブ・ハケットが脱退して、このアルバムからはフィル・コリンズ(Dr・Vo)、トニー・バンクス(Key)、マイク・ラザフォード(B)という3人体制になりました。
プログレっぽさが薄くなり、良質なポップ・ロック・バンドという感じです。
この路線を発展させれば後の産業ロックの流れにも乗れたかもしれませんが、ロック・ギタリストがいなかったせいか、そちらには進みませんでした。エイジアのようにならなくて良かったと思います。
アルバムとしては中途半端さが否めない作品ですが、それぞれの曲は良いのです。
10.『We Can’t Dance』(1991年)
メンバーが高齢になり円熟味が増した分、なんだかつかみどころの無い印象のアルバムです。
それでもアグレッシブさは健在で、全12曲、10分を超える曲が2つ入っていてトータル1時間越えという、ジェネシスの中では2枚組の『幻惑のブロードウェイ』に次ぐボリュームです。
聴かないではいられないという作品にはなり得ていませんが、演奏や歌は伸びやかで出来としては悪くありません。
『Invisible Touch』『Abacab』は、プログレ・バンドとしての挑戦とサウンド面で評価ができるのですが、時代に寄り添ったがために逆に80年代的な古さが感じられてしまったので選びきれませんでした。
メンバーのソロ作はどれも面白味があるので、いずれそれらについても書きたいと思っています。
中でも、ピーター・ガブリエルの初期のソロ5作品とフィル・コリンズのソロ『Face Value』(1981年)は必聴盤です。
さて、こうして全スタジオ・アルバムを聴き直してみて、新たに感じたことがありました。
リアル・タイムで聴く新譜は、前作からある程度の時間が経ったうえで作られた最新の音楽です。なので、それぞれの時期におけるベストなわけです。
しかし、50年の歴史を一気に振り返ってみると、バンドの音楽的には必然的な変化があったように感じられてくるのです。
ジェネシスを聴き直して思うのは、このバンドには”最高傑作が無い”のではないか、ということです。
この文章をここまで読んでくださった方であれば、「これを作ってしまったらもう後が無い」という他のバンドの作品がいくつか頭に浮かぶのではないでしょうか。
なのに、ジェネシスには、それが無いのです。
特にピーガブ期以降のアルバムは、どれもが過渡期的な作品に聴こえます。
過去作を否定して新しいものを作るスクラップ&ビルドではなく、過去の経験を糧にしつつ未来への変化の種も撒きながら持続的に活動する。これは創作の世界では珍しいスタイルでは無いでしょうか。
変化を恐れずに第一線で挑戦をし続けたことと、進化の頂点に立つような大傑作を作らなかったこと、これが半世紀にわたってトップ・プレーヤーとして活躍できた秘訣なのかもしれません。
未完成でいる限り終わりは無いわけです。
投稿:2023.2.11
編集」2024.2.28 アマゾンへのリンクをSpotifyに変更しました。
Photo by jonathan-borba-unsplash
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