『ユー』 タキシードムーン 1987年
先のコラムで触れているベスト盤「solve et coagula」は、デビュー以降、この「YOU」までの作品からセレクトされていました。
と言っても、このアルバムからは「YOU」1曲だけでしたが。
私の好きなブレイン・L・レイニンガーは、この頃にはバンドを離れていたので、デカダンの香りは薄まっています。
実験音楽的な要素は残っているものの、よりバンドとしての音作りがされていて、聴きやすいアヴァンギャルド(?)になっています。
シングル・ヒットは狙えそうにありませんが、彼らなりにはポピュラー音楽に接近したアルバムと言えそうです。
ただ、このアルバムを変な形で印象付けているのは「Boxman」(6曲目(Mr.Niles)、8曲目(The city)、10曲目(Home))の3曲です。
タイトルから察することができる通り、安倍公房の「箱男」がテーマになっています。
3曲と言っても、内容は朗読とBGMで構成されているラジオ・ドラマのようなもので、歌ったりはしていません。
楽曲としての重要性は感じられないのですが、ここはパフォーミング・アーティストとしての面目でしょうか。
初期のタキシードムーンは、何か伝えたい思いがあっても上手く表現できないような内向的なところや、退廃的で厭世的なものが感じられましたが、このアルバムでは、コミュニケーションを希求する人間らしさのようなものが感じられます。
タイトル曲の「YOU」は、歌詞こそ何を言っているか分からない内容ですが、「あなた」という明確な他者が現れ、これまでに無いほど穏やかでポップな音楽になっています。
まあ、この曲の後にアルバムの最後を「Boxman」で締めるのですから、
やっぱり困った人たちであることは間違いありませんが・・・。
前作「Holy Wars」と今作で、彼らがポップな面を出して人気が出る一方、私自身は、この頃のタキシードムーンには中途半端な印象を受けてしまい、関心を失ってしまいました。
世の中は、ホイットニー・ヒューストンやライオネル・リッチーのラブ・ソングにウットリしていた時期です。日本はバブル景気に突入していました。バンドの方向性は間違っていなかったと言えるかもしれません。
でも、私が欲しかったのは、下手なコミュニケーションで友達を増やそうとする軽さではなくて、ヴィスコンティの映画にあるような滅びゆくヨーロッパの退廃美だったのです。
「YOU」は、あまり聴くことが無かったうえに、バンドへの関心が離れるきっかけとなった残念なアルバムなのでした。
追記:
タキシードムーンは、その後も活動を続け、2010年代に入っても新譜を発表しています。
今、改めて2010年代の作品をSpotifyで聴いてみたところ、昔のように静謐でダークなタキシードムーンと再会できました。
子どもの手がかからなくなった今、また彼らと再会できたことには、何か意味があるのかなと思ったりします。(と言っても、5、6年も前の作品でしたが。)
CDを購入していないので、個別のコメントは控えますが、2000年代のタキシードムーンは良いですね。
この頃のタキシードムーンは、日本盤があるんですよね。
投稿:2020.6.24
編集:2023.11.13
Photo by saeed karimi – Unsplash
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