『ニュー・アドベンチャーズ・イン・ハイ・ファイ』 R.E.M. 1996年
私にとって、R.E.M.は、このアルバムです。
一般的には、このアルバムの人気は必ずしも高くは無いようです。
収録曲のトーンがバラエティに富んでいる半面、R.E.M.にしては散漫で統一感に欠けるとも言えます。
楽曲はどれも素晴らしいのですが、ベスト盤に入るような名曲がないと言われれば、そうかもしれません。(そうではないと主張したいところはありますが。)
一般的な人気が無い理由は他にもあって、他のアルバムが素晴らしいだけに、それらと比較した評価は分からなくもありません。
でも、個人的には、このアルバムが R.E.M.のベストです。
このアルバムを発表した頃の R.E.M.は、音楽的な評価の高い大スターだったと思います。
前作「モンスター」の発売後に世界ツアーを行い、その人気はピークに達していたでしょう。
しかし、そのツアーの途中でドラムスのビル・ベリーが倒れます。
そうしたアクシデントを乗り越えて作られた、このアルバムの音で特徴的なのは、カントリーにも通じるアコースティック・サウンドと、前作以上にひずみを効かせたエレキギター、そしてエレクトロの味付けが同居しているところです。
ピアノやバイオリンなど、バンド・サウンド一辺倒ではない試みも行われています。
全14曲、1時間以上のボリュームで、R.E.M.の過去・現在を総括すると同時に、未来への布石を打つかのような、静かな凄みを感じさせます。
事実、長年一緒に活動したドラムスのビル・ベリーとプロデューサー、マネージャーまでが、このアルバムでバンドを離れることになります。
アルバム・ジャケットのイメージは、このアルバムにピッタリです。
広大な大地を旅する孤独と荒涼感。
手前はぼやけているのに、遠くの山はブレていないことから、高速で移動中であることが分かります。
ツアーで世界中をめぐる中で構想が練られたであろう作品ですが、この「旅と別れ」のイメージが、まるで人生を表すようです。
英語が分からないので間違っているかもしれませんが、彼らの楽曲は、よく創作のテーマにされるように「出会いと別れ」「喜びと悲しみ」「高揚と寂寥」「生と死」というような相反する世界を描くことが無く、常に後半のワードについてフォーカスされているように感じられます。
彼らほどの成功を手にすれば、マンハッタンでの饗宴なども経験したでしょうし、ポピュラー・ミュージックの錬金術も知ったことでしょう。
しかし、R.E.M.の音楽は常に抑制的でシンプルな人間の心情に根差していて、住む場所も言語も文化も違う私のようなオヤジの心にも寄り添ってくれるのです。
各曲についてのコメントは、長くなりそうなのでポイントだけにします。
1曲目から、シリアスなロード・ムービーを観るようで、少し厳かな気持ちになります。
タイトルの「西部開拓使と我々が得た場所」とは、現代のアメリカ文化を達観したものなのか、バンドの成長を開拓史に例えているものなのか分かりませんが、広大な世界の中での寂寥感を感じさせます。
冒頭から端正に規則正しく奏でられているピアノが、途中で不協和音を奏でるところは聴きどころです。
続く2曲目は激しいロック・ナンバー。演奏もボーカルも強いエネルギーを感じさせます。
3曲目は、ギターの弾き語りでスタートするスロー・ナンバー。
途中から入るベースが、歌うようにメロディックなところが魅力的な曲です。
4曲目では、一転してダークでノイジーなオルタナティブな面を見せ、ロック・バンドとしての存在感を示します。
5曲目「イーボウ・ザ・レター」では、さらに変化して、アコースティック・ギターでフォーキーな歌を聴かせます。
この曲には、なんとパティ・スミスが参加して控えめにボーカルを聴かせてくれています。
(R.E.M.は、RADIOHEADとのコラボを時々行っていますが、パティ・スミスのパートをトム・ヨークが歌った1998年のライブも素晴らしいものでした。*Youtubeにあがっています。)
このように、アルバムは、静と動を繰り返しながら進行します。
そして、6曲目の「リーヴ」でハイライトを迎えます。
世間的にはそこまでではありませんが、個人的にはロック史に残る名曲だと思います。
切なさ、孤独感、秘められた激しさと狂気が混然一体となって展開します。
この曲だけで、CDを買う価値があるでしょう。
その後も、ロックバンド R.E.M.の優れた楽曲と演奏は静と動を繰り返し、ついに最後の曲「エレクトライト」です。
この曲は、1曲目で完全にマッチしていたアルバム・ジャケットの寂寥感とは趣が異なっていて、ハリウッドの北、ダウンタウンを見下ろせる絶景ポイントから光る夜景を眺めながらの心象風景が歌われています。
「Twentieth century, go to sleep. / I’m not scared. / I’m outta here. 」
という歌詞と曲のイメージからは、バンドが生まれ、様々なものを得て捨て、世界を旅して、意図しない別れを経験して、今、エンターテインメントの街の灯を見下ろしながら、また改めて一歩を踏み出すのだという、疲労感と共にある決意、そう決断せずにいられない淋しさのようなものが感じられます。
このアルバムのラストを飾るにふさわしい曲です。
約1時間のアルバムを聴き終えた時、あまりの素晴らしさに、これがR.E.M.のスワン・ソングになってしまうのではないかと、心配になったほどです。
冒頭で、このアルバムは人気が無かったというようなことを書きましたが、それは決して出来が悪い作品だったという意味ではありません。
むしろ、多くの評論家からは高く評価されていました。
ただ、「MONSTER」発売後の世界ツアーでファンになった数多くの新しいリスナーにとっては、期待したものとのギャップがあったということなのでしょう。
ただ、これこそが R.E.M.なのです。
商業的な成功を手にして、多くのファンから「同じタイプのものを聴かせて欲しい」という期待を寄せられながらも、発表される作品は常にバンドの芸術性が優先され、変化を恐れないのです。
今回のアルバムも、昔からのリスナーにとっては、「オートマチック・・・」と「モンスター」を合わせて2で割らなかったようだ、と理解を得られたのではないかと思います。
このアルバムは、リアルタイムで聴きました。30代後半でした。
当時乗っていたアメリカン・バイクでロング・ツーリングに出かけた時のBGMにピッタリで、高速道路を走りながら馬鹿みたいに自己陶酔していました。
前2作は聴いていましたが、このアルバムがきっかけで、聴いていなかった初期の作品を遡って聴き、その後もアルバムを買い続けるようになるほど、すっかり魅了されました。
最も聴き込んだということもあり、自分にとっては特別なアルバムです。
私の葬式の時には、お坊さんのお経の代わりに、このアルバムをかけて欲しいです。
(「自分の葬式でお経がわりにかけて欲しいプレイリスト」って作ってみようかな。)
名盤です。
投稿:2020.5.31
編集:2023.10.31
Photo by Caryn Sandoval – unsplash
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