『マクドナルド&ジャイルズ』 マクドナルド&ジャイルズ 1971年
このアルバムが無視できないのは、イアン・マクドナルドとマイケル・ジャイルズが、あのキング・クリムゾンの誕生において重要な役割を担っていたメンバーだからでしょう。
初期のキング・クリムゾンから感じられた英国的な抒情性は、彼らによってもたらされていたと思えます。
しかし、彼らはキング・クリムゾンで世の中に衝撃を与えた直後にバンドを離れてしまいます。
スティーブ・ジョブズと一緒にアップルを築き上げたスティーブン・ウォズニアックとロン・ウェインが、アップルを離れて新事業を立ち上げたとあれば、気にならないはずがありません。
このアルバムは、そんな感じでキング・クリムゾンを離れた二人が組んで作ったアルバムということで、注目されたわけです。
イアン・マクドナルドは、キング・クリムゾンの前身バンド、ジャイルズ・ジャイルズ&フィリップにも在籍していて、キング・クリムゾンではサックスやフルート、メロトロンというプログレ的な情緒面の要でした。
キング・クリムゾンを離れてからもマルチ・プレーヤーとしての能力を発揮し、メジャーなところでは80年代を代表するバンド、フォリナーを立ち上げたメンバーのひとりでもあります。
晩年には21stセンチュリー・スキッツォイド・バンドでライブを行っていましたが、2022年2月に鬼籍に入られました。
マイケル・ジャイルズは、そもそもジャイルズ・ジャイルズ&フィリップを立ち上げたミュージシャンで、ドラムスを担当していました。
ドラマーとしての評価を耳にすることは多くありませんが、キング・クリムゾン(2枚目まで)での演奏は素晴らしく、その後の活動でも著名なアーティストの作品に参加しています。
(このアルバムに入っている『Tomorrow’s People』のドラム・トラックが、ビースティー・ボーイズの『Body Movin』で使われているあたりは興味深いところです。)
こういう二人の作品ですから、プログレ・ファンの方々がこぞって聴いたわけで、その評価は高かったようです。
ただ私自身は、ジャケットの写真からなにから、どうにも思い入れを持つことができず、買った時にさらっと聴いただけで、それ以降は全く聴いていませんでした。
しかも、聴いた記憶が無かったせいか、2枚同じCDを持っていました。
改めて聴いてみると、なるほど、プログレ・ファンが褒めるところは理解できます。
作曲力とか、楽曲の構成力とか、演奏の確かさとか、問題は見当たりません。
強いて言えばボーカルですが、曲に合っていないわけではありません。
(キーボードにスティーブ・ウィンウッドが参加していたのですね。CDの解説を見て知りました。)
おそらく若い頃の私の心にうまくハマらなかったのは、ここにアンチ・クリムゾンのようなものが感じられたからかもしれません。
キング・クリムゾンが提示した精緻な緊張感、シリアスで暗いテーマ、抒情性を凌ぐ絶望と悲壮感。
これらはキング・クリムゾンが他のバンドと一線を画す要素であり、ファンにはたまらない魅力でした。
しかし、そんな曲ばかりを毎日演奏していたら、気が変になってしまいます。
マクドナルド&ジャイルズは、音楽を楽しみ、人間らしく生きる道を選んだのです、きっと。
なんだか、この二人がとても良い人のように思えてきました。
楽曲からは、どこか田園的な心象風景や、深刻にならない物悲しさ、時にユーモアのセンスなどの人間味を感じます。
聴きこむほどに味が出てきます。
BGMではなく、音楽と向き合って聴いた方が気に入ることでしょう。
恐怖のクリムゾン王から逃れた優しい人たちが組んで送り出した、唯一のアルバムです。
Photo by Mabel Amber – Pixabay
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