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『a selection of songs』 the french impressionists

音楽

『ア・セレクション・オブ・ソングス』 ザ・フレンチ・インプレッショニスツ 1992年

このレコードを始めて手にしたのは、1982年か83年でした。
私は、新宿から京王線、八王子駅からスクールバスに乗り継いで、山奥のキャンパスまで通う美術大学生でした。
私が学んだ美術学部芸術学科は、その頃まだ創設間もなくて、私の代が3期生とか4期生だったと思います。

幼いころから美術は好きな学科でしたが、高校時代は普通大学への進学を希望していて、哲学か教育の分野に興味を持っていました。
ところが、推薦入学が内定していた夏の終わりに、ある事情で高校を停学になってしまい、推薦入学どころか入試は全滅。
浪人して勉強をし直すも、それほど勉強漬けだったわけでもないのに、受験ノイローゼ気味になり、秋頃に観たRCサクセションのライブとピンクフロイドの映画「ザ・ウォール」に影響を受けて、全く別の進路を考え出します。
今までの進学の希望は何か自分の意志とは別のモノで作られていたような気持になって、あらためて選んだのが、現代の美術を学べるこの学科でした。

今思えばなんだか逃げまくっている感じですが、私にとって、この逃げ道は価値のあるものだったと思えます。
在学中の1984年には浅田彰の「逃走論」が流行って、なんとなく後付けで正当化された気にもなっていました。

20世紀の美術を学ぶ中には、当時生まれたばかりのMTVを含むビデオ・アートや現代音楽をテーマにした授業もありました。
このへん、書き出すと長くなってきたので削除、削除・・・。

大学の勉強としては、イタリア未来派の「騒音の音楽」や環境音楽について調べたり、パフォーマンスに興味を持ったりしていました。
もちろん、それなりに遊びにも出かけていましたし、当時のヒット曲も聴いていましたが、音楽の方は、スロッピング・グリッスル(Throbbing Gristle)ファウスト(Faust)ヘンリー・カウ(Henry Cow)アール・ゾイ(Art Zoyd)ユニヴェル・ゼロ(Univers Zero)などなど、かなりなダーク・サイドに落ちていました。
(あまり知られていないバンド名のオンパレードですが、そのうち、それぞれのアルバムにも触れます。たぶん。)

その反動というか、救いというか、今風で言えば癒しという感じで心に刺さったのが、イギリスの音楽レーベル「チェリー・レッド(Cherry Red Records)」とベルギーの「クレプスキュール(Les Disques Du Crépuscule)」のアーティスト達でした。

このレーベルのおかげでサイキックTVの教団に入らなくて済んだと言えるほどです。(ここ、笑うところです。)

今回、聴き直しに選んだのは、フレンチ・インプレッショニスツが、クレプスキュール・レーベルから発表した「a selection of songs」です。(レコードは1982年。CD化は2004年。)
初めて手にしたのはレコードで、4曲入りのミニ・アルバムでした。(レコードが手元に無くて確認できないのですが。実家にあるハズ・・・。)
そして、今聴いているCDは、そのミニ・アルバムに他の曲(シングルや、同じ曲を別タイトルにして歌詞を変えて歌ってるもの)やライブ、メンバーのソロなど、レコードでは聴けなかったものが数多く追加されて、全18曲に膨らんでいます。
このアルバムがCD化されていることに気づいたとき、驚いて直ぐに買い求めたのは覚えているのですが、購入後にちゃんと聴いた記憶はありませんでした。
今、この内容に気が付いて改めて驚いています。

最初の4曲は、大学時代に聴いていた、思い出深い曲です。
シンプルなジャズを、あまりプロっぽくない演奏で展開しています。
鬼気迫るようなスリリングさとは無縁で、肩の力が抜けていて、淡々と基礎体温の低い感じです。
各楽曲は2分ほどと短く、楽器同士の掛け合いやアンサンブル、テクニカルなソロなどの発展はありません。
単純な展開を歌い終わると、ストンと曲を閉じてしまいます。
レコードが本当に4曲だけだったとすると、わずか8分ほどで終了していたわけです。
バンドのリーダーであるマルコムのピアノが全体のトーンを支配しているのは確かなのですが、そこに強い印象を残すのが女性ヴォーカルの声です。
決して上手さを感じるわけでは無く、むしろ素人っぽいものの、そんな点も含めてチャーミングなのです。
カヒミ・カリィ大貫妙子のような、ちょっとアンニュイな魅力を漂わせています。

刺激の強いスパイスやアルコールで傷んだ胃袋に温かなお粥が沁みるように、当時、いわゆる異端のロック(ロック・イン・オポジション)やミュージック・コンクレートで疲れた耳には、この音楽は穏やかな滋養となりました。
CDで聴き直しながら、あの頃の空気感が蘇ってきて、なんだか優しい気持ちになってきます。

CDは、レコードに入っていなかった5曲目以降に入りました。
5曲目の「サンタ・ベイビー」は、レーベルのコンピレーション・アルバム「GHOSTS OF CHRISTMAS PAST」で聴いたことがある曲でした。
クリスマス・ソングということもあって、前の4曲とは印象の異なるポップでオシャレな曲です。
2人の女性ヴォーカルが絡むところが聴きどころです。

6曲目以降を聴き直してみて、ずっと持ち続けていたこのバンドへの自分の評価は、一面的なものだったのかなと感じられてきました。
良いと思っていたものは、ある条件下にあった自分の中で、過剰に印象付けられたものであって、実際の姿を捉えていなかったのかもしれない、という不安な思いです。
というのも、6曲目以降を、今の私の耳はあまり良いと思えなかったのです。
(これは、なかなか認めにくいことになってきたぞ・・・。)

久しぶりに実家に帰って食事をしたときに、大好きだったハズの母親の料理が実はそれほど上手ではなかったと気づいてしまったような、なんとも言えない気まずさを、今、感じています。

自分にとって重要だったのは、あの時に癒しをくれたミニ・アルバムの音だけであって、CD化にあたって付け足された音源は、むしろ不要な情報だったようです。

子どもの頃に好きだったクラスメイトの家が実はどうだったかなど、大人になって分かることがあっても、それはもう知る必要が無いものです。
相手を今も深く思っているなら、より広く、正しく知ることは意味があるでしょう。
でも、もう終わった気持ちであれば、そのまま結晶化させておけばよいのです。

このCDで重要だったのは、個人的にはレコードで聴いていた最初の4曲だけでした。
ただ、あの頃の私を優しく労わってくれたことや、今の自分を形作っているものに、この音楽の感動があったということは間違いありません。
新たに耳にした情報が今の自分に合わなかったからと言って、過去の価値が下がるわけでもないでしょう。
言えるとしたら、今更なタイミングにおいて不要なものはある、ということでしょうか。
今後、聴き直すことがあるとしたら、今度は最初の4曲だけを聴くようにしようと思います。

でも、最初の4曲はいいんですよー。

ミニ・アルバムにあった4曲の曲名を書いておきます。
・PICK UP THE RHYTHM
・BLUE SKIES
・SINCE YOU’VE BEEN AWAY
・THEMA FROM WALKING HOME

8曲目の「RAINBOWS NEVER END」や9曲目の「WAITING FOR SOMEONE」は、それぞれ「BLUE SKIES」「PICK UP THE RHYTHM」の歌詞替えですね。

Spotifyに、このアルバムはありませんでした。
同じアーティストの作品はありましたが、これはこれで素敵なんですけれど、ちょっと印象の違うものでした。

アマゾンミュージックでは聴けます。

投稿:2020.6.21
編集:2023.11.15

Photo by  xavier von erlach – Unsplash

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